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8.
知り合いのいない他のクラス…それも、上級生のクラスを訪ねるというのは、なかなかどうして緊張したりするもので…。
「あのぅ…」
ソロリと教室を覗いたロージーは、怖ず怖ずと声を掛けた。 幸いにも、目指す人物は入口側の一番後ろの席だったから…。 ホッとしつつも、今度は自分を覚えているだろうかなんて事が心配になってくる。 だが、 「あら、あなた…キッドの友達の悪霊憑きの子ね…」 アイビーは、ロージーを見るとすぐに分かったようだ。
あ、悪霊憑きの子…!
アイビーの言葉にガビーンとショックを受けながら…。 ロージーは落ち着かなげに、もじもじと手を動かした。 目がどうしても泳いでしまう。 「ええとぉ…、あの、その…、悪霊って…お祓いしたらいなくなるんですか?」 「ええ。スッキリさっぱりとね。除霊したくなったの?」 アイビーはそう言って軽く微笑んだ。 黙っていると、やや冷たい印象の強い少女だが、笑えばパアッと花が綻ぶようで…。 周囲の生徒達の視線が一斉に集まる。 「…あ…あの……、ボクに憑いてるのって…どんな悪霊とかって…分かりませんか?」 ロージーは声をひそめてそう尋ねた。 「それは…ちょっと分からないわね…」 「そうですか…」 ガッカリしたような、ホッとしたような…。 フウッとため息を付けば、アイビーはジイッとロージーの顔を覗き込んだ。 「とりあえず、除霊してみたらどう?疲れてるんでしょ?」 「…疲れて…見えますか?」 ロージーの問いに、アイビーはええと頷く。
確かに、疲れているかもしれない。
ずっとよく眠れていなかったのだから。
最近は少し深く眠れているようだが、それでも、何やら不思議な夢ばかり見るせいで、心が乱れて落ち着かないから……。
「どうする?試してみる価値はあると思うけど?」 「…そうですね……」 アイビーの色素の薄い瞳が、じいとロージーを見つめる。 しばしの逡巡。
「…お願いします」
やがて、口を開いたロージーは、そう言ってぺこりと頭を下げた。
+ + + + +
サクサクと、足の下で枯れ葉が音を立てる。 アイビーの家は、ロージーの家からさほど離れていなかった。
……何か…、ちょっと神社とか想像してた……。
マンションの一室に案内され、そんな感想を抱きながら…。 「じゃあ…、仕度してくるから、少し待ってて」 「あ、はい」 静かに奥の部屋へと消えたアイビーを見送り、ロージーは窓の外へと視線を向けた。
…来る時に思ったけど…随分緑が多いんだな…。
窓から見える景色に意外さを覚え、窓を開けてベランダに出てみる。 マンションの隣には、山があるようだった。 いや、実際それが山なのかどうなのかは分からないが…ロージーにはそう見えた。 「すごい…鬱蒼って感じ……」 緑の多さに何故か恐いような、心細いような気がして…。
何だろ……? ボク…森の中を歩いた………なんて、あったっけ? 子供の頃に迷子になった…とか…?
記憶を探り、眉を顰める。 特に、ハッキリとした記憶はない。 だが、こうして緑に囲まれていると、何故か…不安で落ち着かなくて………。 「また…知らない記憶なのかな…」 ロージーはポツリと呟いた。
こーゆーの…全部悪霊のせいとかなのかな……???
知らないはずの場所を知ってる。 知らないはずの人を知ってる。 そう…自分の中に、本来あるはずの無い記憶があるのだ。
眠っている時にしか覚えていないはずのそれは…けれど、断片として残っているから…。
ムヒョ………。
胸の中で名を呼べば、小さな黒猫がイメージとして浮かんだ。 自分を見上げる青い瞳。 ニャアと鳴く声。 長い尻尾で床を叩き、悠然と座る様。
悪霊って……ムヒョじゃないよね……? 違うよね…? 除霊して…いなくなっちゃったりなんて……ないよね…?
不安に騒ぐ胸をギュッと押さえて目を瞑る。 どうしよう、やっぱりやめようか…なんて。 グルグル考えて、迷って、やっぱりやめよう!と、再び目を開けば……。
いつの間にやらそこは、ベランダではなくなっていた。
「え…?えっ?ええ〜〜〜っ??な、何これ?何で?こ…ここ何処ぉ〜〜っ??」
イキナリ変わった周囲の景色に目を剥いて…。 ロージーはアタフタと周りを見た。 だが、アイビーのマンションの部屋も、ベランダも、目の前に見えた山も……どうしたことか、何一つそこにはない。 そこは、『何か』の中だった。 やや広い空間だが、周りをグルリと取り囲む高い壁がある。 足下はフワフワしていて…綿か何かのようで…。 壁の色は薄桃とオレンジが混ざり合ったような…夕暮れ色の空のような…何ともファンタスティックな色だった。 高い壁は、上に行くに従ってその幅を狭くして……真上を見ればポッカリと、楕円に空いた黒い穴…。
「う、うそぉ…ちょっと…アイビーさぁん!どこですかーーー?!?!」
パニックになりかけながら、とりあえずアイビーを呼んでみるロージー。 だが、当然のように、アイビーの返事は帰ってこなかった。 代わりに…、
「ふぅむ…ほうほう、成る程……これはなかなかの逸品じゃな…」
…なんて。 全く聞き覚えのない人の声が、何処からか降ってくる。 「だ、誰?」 ロージーは声のした方を見ながら、ジリジリと後退った。 何が居るのか、何が来るのか、全く見当が付かない。 だが、明らかにおかしいと分かるこの空間で、普通のまっとうな人間が出てくるなんて、流石にそんな呑気な事は思わなかったから…。 「ねえ…?誰…?」 トンッと壁にぶつかる背。 その途端、壁の中から現れた腕にガシッと抱き締められた。
「う、わあぁあああ〜〜〜っっっっ!!!!」
力一杯の悲鳴と抵抗。 だが、自分を捕まえている相手は、全く動じる様子がなかった。 「おお、元気が良いのぉ…♪だが、あまり暴れるでない。取って食ったりはせんから、落ち着け落ち着け」 はっはと笑いながら、そんな事を言う。
と…取って食う! 取って食うって?!?!
その言葉にぎょっとして、とにかく身を捩り、背後の人物を見やれば…。 そこにいたのは何やら白い人だった。 顔は人のそれ。 若く、綺麗と言ってもいい。 だが、その頭には、2本のツノが生えていて…。 「な…、つの…って…、うそ…、なん…?!?!」
ツノ…って、ツノって……何?何で??? お、鬼??????
あまりの事に目も口も大きく開けて…。 パクパクとその口を動かしていれば、その白い鬼のような人は楽しげに笑った。 「ツノがあるのが珍しいのか?」 「だ、だって…!」 普通生えてないもん!と心の中で思いっきり叫ぶロージー。 「ふふん、まあ直に慣れよう。ワシの名はイサビじゃ。よろしくの」 「…は?え、えっと…???あ、ぼ、ボクはロージーです…」 驚きと混乱の最中で、それでも律儀に名乗ってしまえば、イサビはウンウンと満足げに頷いた。 そして、
「器量も良いし、声も良い…。元気の良さも気に入った。ふむ…、そなた、我が嫁にならんか?」
何とも唐突な、求婚発言。 ロージーの目と口が、またまた大きく開けられる。 「………よ……、よめ?あの、嫁って……?でも、ぼ、ボク、男ですよ?!」 「何、性別なんぞ些細な事…」 わっはっはと豪快に笑うイサビ。
「大体、龍神すらもそなたの虜であろうに、今更じゃな…」
その言葉に、ドキンと胸が高鳴った。
リュウジン…? あれ?何だろう…。 胸の奥がザワザワする…。 龍神って…龍の神様だよね………? 龍なんて…神様なんて……そんな…。
ワケなど分からなくていいはずだった。 信じられなくていいはずだった。
こんな夢のような話。
明らかに現実ではないこの空間と、イサビ。 そして、龍神など……。
いるはずがない。 あるはずがない。
それが普通で、常識で…。
そう思っているはずなのに……。
なのに…。
「…龍神………」
呟くロージーの脳裏に、青銀の鱗を持った龍の姿がハッキリと浮かんで…。
そして…ロージーの記憶の扉が…開かれた。
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「闇の扉が開かれた」 ってのは、遊戯王の名ゼリフですね☆
いや、最後の「記憶の扉が開かれた」っての、何か頭に浮かんじゃったらどうしても使いたくなって、あれ?でも何かどっかで聞いたような…???とか思ったら…ね。
ええと。 今回イサビさんが出て来ました。 次回はちゃんとムヒョさん出て来て、ムヒョロジになるといいなぁとか思います。
まあ、その前に学園モノの方かなと思いますが。 また読んでやって頂けると嬉しいのです〜!!!
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2007/11/02(金)/16:51:15
No.73
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