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3.
「午後はここで自習ですよ」
はい、これ課題ね、なんて渡されたプリント…。 満はきょとんとして錠を見上げた。 「え?自習…?」 「一人で帰らせるわけには行かないでしょ?だから、私の授業が終わるまで、ここで自習」 「…マジで?」 ポカンとしたまま呟いた満に、ウンと頷く錠。 ジワジワと喜びが胸の中に広がって行く。
うっわ、やった! てっきり追い返されんだろなって思ってたけど…、一緒帰れんだ♪
「午後は実験だから、騒がしいと思うけど…出て来ちゃダメですよ」 「了解っ♪」 元気よく返事をした満に、少しだけ不思議そうな顔をして…錠は準備室から出ていった。 ざわついていた隣の部屋が、にわかに授業の静けさを取り戻す。
「……じゃあ、今日は32ページと45ページの実験を……」
聞こえてくる錠の声に耳を澄まして、満はニヤと笑った。 何だか不思議な感じだ。 この壁の向こうで錠が授業をしているのだ。 カツカツとチョークが黒板に当たる音が聞こえる。 緑の板に書かれる、ジョーの几帳面な文字を思い描いて……。 渡されたプリントを見れば、中等部の授業用に作られた物なのだろう。 昔習ったことのある問題が幾つか書かれていた。 「ふーん…。これ真面目にやったら、ご褒美とかくれんのかな…」 一通り眺め、呟いてクスと笑う。 雑然とした机にそれを広げ、近くに転がっていた鉛筆で、サラリと名前を書いた。 ざっと見た限りでは、難しい問題はないようだ。
ご褒美……ねだったらくれるかもな♪ キャラメルとかな…。 ガキの頃はよく、そんなんで宿題やったっけ……。
昔を思い出せば、懐かしさからクックと笑いが漏れる。 頑張ると錠が誉めてくれるから、勉強は嫌いじゃなかった。
『おお!全部合ってますよ!ミッチー!』
そう言ってニコニコと笑って…頭を撫でてくれた錠。
さっきは本当に久々で…。 あの優しい手の感触を…もう一度感じたいと…思いながら…。 「……マジ…ガンバるかな〜…」 満は小さく呟いた。
+ + + + +
ヒマだ…………。
思えば、昔から科学は何より真面目にやってきた科目だったから…。 やり始めて程なく、プリントの回答を埋め終えてしまい、満は机に突っ伏すと深いため息を付いた。 錠の声は、相変わらず壁の向こうから聞こえてくる。
近くにいんのに、顔も見れねぇ、構っても貰えねぇとか……何か切なさ倍増? つーまーんーねーーーっっ!!!
心の中の叫びに合わせ、机をバンバンと叩く真似をしてみたりして。 壁の向こうから聞こえる錠の声は、遠くなったり近くなったりしている。 教室内を移動しているのだろう。 満はハアとため息を付くと、窓の外を見た。 薄い水色の空には薄い雲がたなびいて…。 陽射しは温かそうだった。
あ〜…天気いいなー……。 屋上でも行ってみっかな……。
何となくそう思う。 今いる実験準備室は3階だ。 屋上はすぐ上だから…、他の場所よりは人目に付くこともないだろう。 満は書き終えたプリントの余白に『屋上にいます』と書き置きを残し、準備室をそっと後にした。
屋上にひと気はなかった。 「…ま、当然っちゃ、当然だけど……」 がらーんとただっ広い屋上を見回して呟き、とりあえずフェンス越しに街並みを見やる。
広いMLSの敷地の向こうには、何とも可愛らしい魔法律協会の街並み。 赤い屋根の時計塔に目を凝らし、時刻を確かめて、満はまたため息を付いた。
まだ20分もあんのか……。 ヒマだなー……。
ぷらぷらと歩き、見える景色を一通り眺めてから…。 階段入り口の屋根へとよじ登ってみる。
「ひょー…いい景色だねぇ…」
さあっと吹きすぎる風に髪を遊ばせ、目を細めて遠くに連なる山々を見渡せば、何やら清々しくサッパリとした気分になった。 「たまに…こーゆーのも悪くねーな……なんて、んなこと言ったらジョーさんに怒られちまうけど…」 自分の呟きにクスッと笑って、満はその場に腰を下ろす。 天候に恵まれていることもあって、屋根の上のコンクリートはいい具合に暖まっていた。
思い切ってゴロンと寝転がると、これまた何やら妙に伸びやかな気持ちになってくる。
…ホント…たまに、いいよな……。 こーゆーの……。
満は暫くの間流れ行く雲を眺めていたが、やがて目を閉じて…。 睡魔の甘い囁きに、意識を委ねた。
+ + + + +
遠くで軽やかに鐘の音が鳴った気がした。
それから暫くして、今度はガチャリとドアの開く音。 足音が二つ、でも笑い声は一つ。
そんな音を聞きながら、満の意識は、まだ夢の中にいた。
夢の中で、満は錠の後ろ姿を追い掛けて走っていた。 追い掛けても、追い掛けても、錠の背は一向に近付かずに…。
『ジョーさん、待ってよ!』
呼べば、目映い光に半分溶けた錠が振り返り、満に向かって笑う。 差し伸べられた手…。 やっと追いついて、その細くて長い指に、満はドキドキしながら手を伸ばした。
『ねえ、ジョーさん、何処…行くんすか?』
触れた指先をぎゅっと握って尋ねれば、 『家だよ、ミッチー。もう帰らなくちゃ』 にこっと笑って錠はそう言った。 『あ、そっか…そうですね…!』
そうそう。帰んなきゃだ…。
錠の言葉に頷き、その事を思い出す。 満と錠は家に帰る途中だったのだ。 軽く引かれた手。 へへ、と…小さな笑みが漏れた。
隣だから…錠さんと一緒に帰れんだよな…。 学校より、ずっと一緒にいれる…。
「……へへ…」
小さく笑った自分の声で、ふっと意識が夢から覚めた。 あれ?と思う。 頬の下の固い感触…。 目を開ければ、コンクリートが見えて…。 一瞬、ワケが分からない。 「????」 上を見れば、段々と夕暮れ色の染みてきた空…。
……は??? なん…で、外…?
思い切り眉根を寄せて、首を傾げれば、
「ンん…っ!も…、だめ…だよぉ…」
吐息混じりの甘い声が、下から聞こえてきた。 モゾモゾと布の擦れ合う音も…。
…………えっ?
ドキリと言うより、ギクリとして…満はその場に固まった。 何か今、あり得ない声を聞いた気がする。
えっと、ここガッコだよな? つか、そうだよ、オレってジョーさんおかっけて、中等部に来てんだよ! そうだよ! ここ中等部じゃんっ!!! 何だよ、今の声っっ!
「ちょ…っ、誰か来たら…っ」 「来ねーヨ」 「ん…、そんなの…っ、分からない、でしょ…っ」 は…と息を吐きながら、困ったように呟く艶めかしい声。 どうやら、自分はもの凄くまずいところにいるのかも知れない。 「ヒッヒ。黙って充電させロ」 「ぁ…ん、もう…、充電って何さぁ…」 笑み混じりの楽しげな声と、それに苦笑しながら応える声。 そんな二つの聞いて、あれ?と思う。
あれ…この声って……?
そろぉ〜…と少しだけちょっとだけ、声のする方を覗いてみれば、そこにいたのはムヒョとロージーで…。 「!」 やっぱりさっきの奴ら!と思うと同時に上がりかけた声を、満は大慌てで飲み込んだ。
だって満の斜め下にいる二人は、思いっきりキスシーンの真っ直中だったのだ。
オイオイオイ! おめーら中等部のガキんちょのクセに!
思い切り突っ込みたくなるが、それも野暮と思うので…。 満はまたソロソロと、屋根の中央に移動する。
オイオイ…マジかよ……。 オレどうすりゃいんだよ…。 アイツ等このままずっとここいたら……っつーか、やべぇ…ジョーさんが迎えに来るかも…。
ドキドキと煩く騒ぐ胸。 ムヒョ達がいるという事は、授業が終わったという事だろう。 プリントの書き置きを見た錠が、満を捜しにここへ来る可能性は極めて高い。 もし万が一、やって来た時にこんないちゃラブシーンに出くわしたら……。
ど、どうすんだろ…ジョーさん…!
何だか錠には見せてはイケナイ物のような気がして、満はマズイ、マズイぞ!なんて胸の内で呟く。 だが、下の二人は相変わらず抱き合っていちゃもちゃしているようだ。
まさかまさか、ここで……なんて…。 いくら何でもんな事まで……ねーよな?
満がそんなことを思ってドキドキハラハラしていれば、 「…先戻ってロ」 聞こえてきたのは、思わぬ言葉。 「待ってちゃダメ?」 「部屋でならいいゾ」 甘えるようなロージーの声に、けれどムヒョの返事は妙に素っ気ない。 あれ?と思い、また耳を澄ませてしまう満。
「え〜、ジョー先生のトコにいるから、遅くなっても平気だよ?」
ふいに出てきた錠の名に、ドキーンと鼓動が跳ねた。 今のはロージーの声だ。
ジョー先生のトコにいるから…? 遅くなっても平気??? そういや……中等部の科学の授業って精々6限までだよな…? だったら5時頃には戻って来れんじゃねーの? ずっと、中等部は遠いからって思ってたけど…電車乗ったらスグじゃん。 いっつも7時とか8時とかまで戻って来ねーのって……アイツのせいなのか?
何だかドキドキと鼓動が早くなり、息が苦しくなる。 廊下で見た、錠とロージーの気のあったやりとり。 あんなに楽しそうな錠を見たのは、本当に久しぶりだった…。 「………」 モヤモヤする胸。 満がぎゅうっと唇を噛み締めた時…。 「ダメだ」 ムッツリとしたムヒョの声が、一言そう言った。
+ 続く… + 2を読む +
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ミッチーはヤキモチ焼きだといいと思うの。 そして、ムヒョはもっとヤキモチ焼きだと思うの。
…ん?
ロジがヤキモチ焼く話ってあたし書いた事あるっけ? あんまりナイ気がする…?? ウチのムヒョはロジにガツガツしてるからな……。 ヤキモチ焼くヒマがないんだろうけど…。。。 そっか。じゃあ、そんな流れにしようかな。。。
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2007/11/07(水)/13:27:22
No.74
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