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3.
ムヒョが下級生を庇って階段から落ちたことは、昨日の今日で既に学校中の知るところとなっていた。
そして今朝、その下級生と一緒に朝食の席に着いていたことも…。
それは当然、いつも一緒の親友達にも、目撃されていて……。 特に会話が弾んでいたというわけでもないのに、何故かシッカリ、ムヒョはあの下級生が気に入ったらしいと分かられていた。
「ムヒョってさぁ……好み変わってないね」
一限目が始まる前、不意にそんなことを言い出したエンチューに、ムヒョは「あ?」と怪訝な顔を向ける。 「そうなん?つーか、ムヒョの好みって…オレ今まで知らなかったぞ?」 前の席に座ったヨイチが興味を引かれたような顔で振り返った。 エンチューはさも可笑しそうにフフフと笑う。 そして秘密を打ち明けるように声をひそめると、
「ムヒョはねぇ、ボクに蛙をくれたんだよ」
可笑しそうにそう言った。 「は?」 思いもかけぬ単語が飛び出し、ヨイチの目が点になる。 「MLSに入る前のことだけどね。すっごくおっきなヒキガエルでね〜、ね?ムヒョ?」 「…何だよ、それ?何でカエルなんだ?」 「その頃、ボクのママは入退院を繰り返しててさ、寂しくって怖くって…よく泣いてたからね、そんなボクを元気づけようとしてくれたんだと思うけど…」 ね、ムヒョ?なんて、またしてもニコッと笑うエンチュー。 ムヒョは黙ったまま顔を顰めた。 「それでカエルかぁ?」 「これやるから元気出せってことでしょ。その頃のムヒョにはその大きなカエルが一番の獲物だったんだよ」 納得のいかないヨイチの横から、ビコが口を挟む。 「ボクもバッタとか貰ったことあるよ」 「へえ…、誰に?」
「ウチで飼ってたネコ」
大真面目な顔で言ったビコの言葉に、ムヒョがブッと吹き出す。 だが、ヨイチとエンチューは妙に納得した顔で頷いた。 「…ああ、成る程、確かにムヒョってネコっぽいけど…って、いや、ビコ…お前な…」 「フフ、そうだね、そんな感じかも…♪」 「ムヒョ、いくら大物が取れても、悪霊とかあげちゃダメだよ?」 今なら一番の獲物ってそれだよねと…。 ビコはあくまで真剣そのものだ。 ブフッと吹き出すヨイチ、アハハと笑うエンチュー。 ムヒョが「やるか!」と言いかけたその時、ガラリとドアが開き教師が入ってきた。
「…でもさ、あの子…昔のボクに感じが似てるよね」
始業の挨拶を終えて着席すると、エンチューがコソリと言って笑う。 「……似てるか?」 「うん、並外れて可愛いところが特に♪」 「…アホか…」 クスクスと笑うエンチューにムヒョは呆れたように溜め息を付いた。
だが、そう…子どもの頃のエンチューは、確かに、それはそれは可愛らしかったのだ。
ムヒョとエンチューの家は歩いて数ブロック程の近所にあって…。 初めて出会ったのは、まだ4歳にもならない頃だっただろうか…。 といっても、MLSに入るまで、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。 ただ、公園や家の庭にいるのをたまに見かけるくらいのもので…。
いつも本を読んでいた。 白いブラウスを着て…。 少し長めの前髪の下に見えた、はにかんだような笑顔…。
可愛らしくて、優しそうで……とても綺麗に見えた。
そういや、よく泣いてんの見かけたナ…。
ぼんやりと昔を思い出せば、昨日のロージーの泣き顔がだぶって見えて…。 成る程、確かに似ているかもしれないと思う。 だが、それでも…ふと視線を向けた先…。 窓の向こうに広がる青空が目に入れば、泣き顔なんかは消えてしまって…。 代わりに、春の陽射しの様な温かで柔らかな笑顔を思い出すから…。
「ムヒョ、思い出し笑いはやらしいよ」
胸に感じたフワリとほわりとしたもの。 それに思わず笑みを浮かべれば、目敏く見ていたエンチューから注意されて…ムヒョは 「ウルセェ」と小さく毒づいた。
+ + + + +
「迷惑だったら言え」
昼休み…。 ロージーを呼び出しての開口一番、ムヒョはそう言った。 「え?何がですか?」 いきなりすぎるその言葉に、ロージーはきょとんとして…。 マジマジと見上げてくる明るい茶色の瞳。 そこに自分が映っているのを、満足に思いながら、
「これから、登下校とメシを誘いに来る」
ムヒョはそう宣言した。 「え…?」 丸くなった目が、ますます丸く大きくなる。 ザワリと、遠巻きに見ている生徒達に走るざわめき。 何せ、誰もが知ってる天才ムヒョが、どうやらクラスメイトに交際じみたモノを申し込んでいるのだ。 こんな見物が他にあるだろうか。 だが、そんな周囲の好奇の視線など物ともせず、ムヒョはただロージーを見つめて…。
「用がない限りは毎日来る」
なんて、少し怖いくらい真剣に…。 「はあ…、毎日…ですか…?」 言われていることが信じられないのだろう。 ロージーは半ば呆然とした様子で呟く。 無理もない話なのだが、ムヒョは返事を待つ気などまるでなかった。 「イヤなら今断れ」 「い、イヤだなんて、そんな!とんでもないです!」 ブンブンと、手と首とを一緒に振るロージー。 その答えに、ムヒョは内心ホッとする。
朝食の時には、あまり会話らしい会話もなかったのだ。
ムヒョは元々お喋りな方ではないし、ロージーは何やら緊張しているようで…。 ついつい観察してしまうムヒョの視線に気付く度、ロージーは困ったように顔を俯かせていた。 もしかしたら、自分との食事は息が詰まってイヤだと思われているかも知れないと…、ムヒョはそんなことを少しだけ危惧していたのである。
「じゃあいいんだな?」
聞けば、ロージーはこくこくと頷く。 「はい、勿論喜んで…なんですけど…、その…」 「何ダ」 「あの、迎えに…行っちゃダメですか?ボクが……」 ロージーからの提案に、今度はムヒョの目がやや瞠られた。 食堂は1階にあるのだ。 上の階にあるムヒョのクラスにロージーが迎えに来るのは手間ではないかと…そう思って。 だが、 「…別に構わねェが…、いいのか?」 尋ねたムヒョにロージーはニコッと微笑んだ。 「はい、その方がいいです」 周囲にパッと花でも舞い散りそうな笑顔に、何やらつられて表情が柔らかくなる。 そんな自分を可笑しなもんダと思いながら…。 「なら、決まりダナ。行くゾ」 ムヒョはそう言って、クルリと身を翻した。 途端、廊下に出来ていた人だかりがアワアワと左右に避ける。 そこには他のクラスのみならず、他の学年の生徒達まで…。 いつの間にやら、ムヒョの後にはすごい人数の生徒達が集まっていたのだ。 「…何ダ、オメェら…何集まってやがる」 思い切り顔を顰めたムヒョに、ニマニマと笑う一同。 冷やかしなどすれば、後が怖いと知れているから誰も何も言わないが、二人の姿が階下へ消えれば、後は一体どんな騒ぎになる事やら……。 そんな予感を覚えつつ、それでも別に気にはしないで…。 ムヒョはロージーを促すと、食堂へと降りていった。
かくして…。 沢山の一般生徒達に見守られながら、この二人の交際はスタートしたのであった。
+ 続く + その2を読む +
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ムヒョをメインにして書いているこの話ですが、次からはロジの方も少しずつ。 本来、ロジの方が書きやすいので、ついついロジの心情を書いてしまっては、おっと…;なんて消してます。 今回は、青いムヒョが見たいので…ね(笑)
あ。もう少し続きます〜。
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2007/05/11(金)/15:29:46
No.54
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