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16☆
目を開ければ、そこは自分の部屋だった。 すぐ傍らには心配顔のムヒョがいる。 「ボク……えっと…夢……?」 ぱちくりと瞬きをしてそう言えば、ムヒョは安心したように顔を顰めて笑った。 「オメェ、倒れたんだゾ」 だから、来るなって言ったダロ?と咎めるように言って、額にちゅっと口付ける。 「…倒れたの?ええと、エンチューが消えた後?」 「ああ」 「それで?」 「あ?」 「それで…、エンチューは?どうなったの?」 ぎゅっとムヒョのシャツに縋り、何処か必死の様子でそう尋ねたロージーに、ムヒョは一瞬驚いたような顔をして…。 「ま…身体に戻ったダロ。呼ぶ声を辿りゃ自然にそうなる」 「そう…」
エンチューは生きていると…、病院にいるのだとヨイチは言っていた。 つまり、エンチューの意識だけが幽霊のようにあの家に残っていたのだろうか? 子どものまま……ムヒョが戻るのを待って…母親が死んでしまったことも受け入れず…ずっと変わらない日々を……変わらないと信じて過ごしていたのだろうか…。
「……どうした?何で泣く?」 ポロポロと溢れ出した涙は、哀れみか…。 「どっか痛ェのか?」 心配そうなムヒョに頭を振って、ロージーはただそっとその身を委ねた。 「何か悲しいのか?怖かったのか?」 「…うん…そうだね、怖かった…」 「……?」 「キミを取られちゃうと思った。キミがエンチューを選んじゃうかもって…」 「オレが?」 思い切り怪訝そうに顔を顰めるムヒョ。 ロージーは切なそうな顔を歪める。 「…ずっと、ずっと怖かったんだ……ヨイチさんに、もっとムヒョを信用してやれって言われたけど…ボク、どうしても不安な気持ちは消せなかった」 「ロージー?何でオレがオメェ以外を選ぶかもなんて思ったんだ?」 そんなことあるわけねぇダロ、と言うムヒョの言葉を遮るように、ロージーは静かに首を振った。
「ムヒョは、ボクの前にあの子を選んでるんだよ…」
「……あ?」 「彼、キミの前の持ち主なんだ。だから、会ったら記憶が戻っちゃうんじゃないかって…」 驚いたように自分を見ている深青の瞳。 綺麗な綺麗なその色が、段々涙に霞んで見えなくなってしまう。 「ロージー…泣くナ…」 困ったように顔を顰め、ムヒョは涙をこぼすロージーの瞳に唇を寄せた。 「ごめん…、ごめんなさい、ムヒョ…」 「オレは悪いコトされたと思ってねェ」 だから、泣くナ…と、あやすように繰り返されるキス。 優しい優しいキスに、けれど心が晴れることはなくて…。 あの子は一人になってしまった…と、そう思えば、どうしても…。 あんなに怖かったはずの相手なのに…。 絶対にムヒョを渡したくないと、そう思っていたはずなのに…。 なのに何故…こんなにも胸を苛む罪悪感…。 自分とムヒョとは出会ってはいけなかったのではないか、なんて…そんなことまで思ってしまって…。
「でも…あの子の所に行ってあげて…なんて、ボク、言えない……」
そう呟けば、ムヒョはロージーの顔を上向かせた。 「アホか…んな事言われたら、オレが困る」 少し怒ったように顰められる顔。 「…ムヒョ…」 「プランツ・ドールは人間じゃねぇダロ?記憶消されちまったら、新しいモンと同じダ。同じ顔でも同じ身体でも…もう別のプランツなんダ。オレの言ってること、分かるか?」 「……うん…、分かるよ…」 それは、頭ではとうに理解出来ている事…。 だが、それならロージーが感じ取ったムヒョの中に残るエンチューの影はどう説明すればいいのだろうか。 エンチューのことは覚えていなくとも、身に付いてしまったものは消えないのか。 成長してしまった後では、さほど気にならなくなったものの、それでも…いつか、何かの拍子に思い出すのではないかと、ずっと不安でいっぱいだった。 些細な違和感から、ロージーが前の持ち主の存在に気付いたように…。 ムヒョもまた、気付いて…思い出してしまうのではないかと……。 それでも、本人と会ってさえ、昔の家に行ってさえ思い出すことはなかったのだから…。
安心していいのかな……。
「…前にどんな持ち主がいても……今のオレにゃオメェだけダ…」 ムヒョの言葉にウンと頷いて、ロージーは目を閉じた。 柔らかく肌に落とされる唇。 いつもロージーを気遣って…宥めるように、慰めるように、優しく繰り返されるキス。 繰り返し、繰り返し…温もりを重ねるこの行為に、ロージーの心はいつも落ち着きを取り戻し、癒されていたが…ふと、もしかしたら、ムヒョも同じなのではないかと気付く。
プランツ・ドールの栄養は持ち主の愛情だ。
愛情が伝わるのだから、その他の感情が伝わったとしても、何の不思議もない…。 だから、ロージーの不安はムヒョにも伝わり、温もりによって得られる安心感もまた、同じに伝わっているのだろう。
ああ、そうか…と、ロージーは今まで気付かなかったことに気付いた。
もし、プランツ・ドールが前の持ち主を覚えていたら…きっと、枯れてしまうのだ。
プランツ・ドールは持ち主に愛して貰えなくなったら枯れてしまう。 だからこそ、プランツ・ドールは自らの持ち主を自分で選ぶ…生きている限り自分を愛し続けてくれる持ち主を……。 プランツ・ドールの目は確かだから、持ち主が変わることは滅多にない。 だがそれでも、持ち主の生活の変化や、急な死などによっては、それは十分に起こりうる事で…。 プランツ屋はプランツ・ドールが枯れる前に保護できた場合、メンテナンスを施し、持ち主の記憶を消すのだ。
そう…全てはプランツ・ドールが枯れてしまわない為に……。
だから、思い出すことはないのだ。 どんなことがあっても…。
「…ボクは…絶対、ムヒョのこと手放さないからね……」 「ロージー…」 「キミからボクの記憶を消させたりしない…絶対…絶対、ずっと一緒にいるから…」 「その前に、オレが離さねぇよ」 懸命なロージーの言葉に、ムヒョはヒッヒと笑ってそう言った。 ああ、もしかしたら…と、ロージーは思う。
もしかしたら、それもまた、身に付いてしまった『記憶』のせいかもしれないと。
自分のことは全て自分で出来るムヒョ。 自分自身の財産を持っているムヒョ。
持ち主の状況が悪くなっても、自分がカバー出来るように、二度と持ち主と引き離されないように………。
きっと………。 ずっと、いっぱい…辛かったんだね…。 エンチューの心が壊れてしまったことも……。 エンチューから引き離されてしまったことも……。
もうエンチューを覚えていなくても、それでも…きっと……。
「…うん…絶対、離さないでね、ムヒョ…。ボクも絶対、離れないから…」
愛おしさと切なさの溢れる胸。 泣き笑いの顔で微笑んでそう言えば、ムヒョは笑って頷いてキスをくれた。
この思いは、きっとずっと一生……。
プランツであるムヒョは、心変わりなどしないから。 ロージーが居る限り、ムヒョはずっと側にいて、ずっと愛し続けるのだ。 そう…そして、ロージーが死んでしまえば、きっとその瞬間に…ムヒョもまた枯れてしまうから………。
それはきっと永遠と同じで…。
「ね、ずっとずっとずーーっと、幸せに暮らそうね、ムヒョ…」
大好きだよと言えば、ムヒョはとても嬉しそうに微笑んだ。
+ END + 15を読む +
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嬉しそうに微笑むムヒョ…とか、ちょっぴり打ちながら考えてしまったり何かしつつ…(笑) ええと、長く続いておりましたプランツ話も、これでオシマイでございます。 ここまでお付き合い下さいました方には本当にありがとうございましたvv(>v<)
ちょっと、ラストの方はブライダル本の影響が出てる気がしますが…ま、まあ、幸せならいいよ、うん。みたいなね。 プランツはマジで『キミが居ないと生きられない』なので、乙女心がゾクゾク致します。 ロジはプランツなムヒョに養って貰うんだ♪ ←何処までも寵愛系が好き。 小さなお家でほのぼのいちゃくラブく暮らすんだぜ♪
この後、ヨイチさんは入院中のエンチューが気になって通ってたりするといいと思います。 でもずっと片想いだったりするんだ(酷) 今までずっと眠り姫だったエンチューさん。 「…キミは誰?ボクの友達?」とか聞かれて、ときめくといいよ!<ヨイチ
原作のお陰でスッカリ、この二人のカプイイヨネ!とか思っているワタクシですが、ヨイチペイジも捨てがたくて、ああううと悩んでしまう所でございます。 夏にイチぺ本作ろうとか約束してるんだけど…ホントに出るのかな…(ヲイ) はてさて、どうなることやら。。。。
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2007/05/29(火)/16:03:37
No.56
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