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パシャンと跳ねる水音。 湯面から立ち上る湯煙はゆったりと室内を漂って…。 湯殿には薬湯の匂いが充満し、心地の良い温かさに包まれている。
「痛いトコ、ナイ?」
ムヒョの背中を流しながら、ロージーは心配そうに尋ねた。 「あ?平気ダ」 見たところ、外傷などはないし、一通り撫でてみても、特に気になる感触はない。 「でも、あの光…ビリってしたよ?痛くなかった?」 「…触ったのか?」 「触ろうとした…が正しいんだけど…」 驚いて手を引っ込めたらあの人が来たんだよ…と、ロージーは説明する。 今日のことを思い返せば、それだけでまた不安に胸が痛んで…。 怖かった…とロージーは身を震わせた。 「手、見せてみろ」 ムヒョが振り向き、ロージーに手を差し出す。 「あ、うん…」 小さな掌の上に自分の手を乗せれば、ムヒョはジッとそれを見つめて…。 「何ともねぇようだが…。痛ェとか、気分が悪ぃとか、何か違和感を感じたりはしねェか?」 逆にそう尋ねた。 「うん、大丈夫だよ?」 つい今し方まで自分が心配していたのにと思うと、何だか可笑しい。 フフッと笑ったロージーに、ムヒョは小さく顔を顰める。 そして、 「…無茶すんナ」 掴んだままの手に口付け、そう囁いて…。 ジッと見上げる青い瞳に、ロージーは微笑んで頷いた。 「はい」 ムヒョが自分を心配しているのはよく分かっている。 自分が人間で弱いから…だから、心配なのだ、と……。 だが、たとえ龍神であっても、ロージーだってムヒョのことが心配なのだ。 だから、 「ムヒョもね、無茶しないでね?」 約束してと言えば、ムヒョは一瞬驚いたように目を見開いて…それから、ヒッヒと笑った。 「オメェがそう言うなら仕方ねェ」 「仕方ないじゃないの!ムヒョに何かあったら、ボク死んじゃうよ!今日だって、もうホントに怖かったんだから!」 「ヒッヒ♪あんなことはもう誰にもさせやしねぇ。だから、心配すんナ」 「うん」 ちゅっと触れ合う唇。 間近で見つめ合い、微笑み合う。 そのまま、押し倒されるのだろうか…と、思ったが、ムヒョは次の瞬間にはロージーの手を引いて…。 「さ、入るゾ」 なみなみと浴槽を満たしている湯の中へ…。 不思議な香りの薬湯は薄く緑がかった色をして、肌を通し身体の中へといろいろなものが染み込んで行くような、そんな感じがした。 「ふぁあ〜〜、あったかいね〜〜」 「よく温まれ。今日は冷えたからナ」 「うん…」 ムヒョのかけてくれる言葉の一つ一つが、自分を大切に思ってくれている証だと思うから、ロージーはどんな時でも素直に従おうと思う。 そんな時はとても幸せで、嬉しくて…でも、少しだけ切なくて……。 ムヒョは最初から、ロージーが自分よりもずっと早くに死んでしまうと分かっているのだ。 ボクにとってはまだ先の話だけど…。 ムヒョにとっては、きっと人間の命なんてすごく短いんだろうな…。 「どうした?」 「ううん、何でもないよ」 顔を覗き込まれ、ロージーは慌てて首を振った。 同じ人間同士であれば、こんな切なさとは無縁だっただろうか…なんて、ふと思えば、何故だか五嶺と恵比須を思い出す。 あのままロージーを帝の元に連れ帰っていれば、五嶺は恐らくどんな褒美も思いのままで…、同時に、天にも届く程の名声を得ていただろう。 だが、五嶺はロージーをムヒョの元に戻し、恵比須を助けることを選んだ。 あの二人が、自分達と同じような関係なのかは分からないが、だが、それでも…五嶺にとって恵比須はきっととても大切な存在なのだろうと、それは分かるから…。
「ねえ…?ムヒョは…、あの五嶺って人が…恵比須って人を助けようとするって…分かってたの?」 気になって、ロージーは尋ねた。 「あ?」 「あの時…ムヒョがホントにあの人を殺しちゃうのかなって…、ボクちょっと怖かったから…」 エヘヘ、まさかそんなことナイよねぇ…なんて、笑いかければ…。 「ああ、もしもの時は、あの二人を殺してオメェを奪い取ったナ」 「え…っ?!」 恐ろしいことを何でもないようにサラリと言うムヒョ。
「オレには…オメェ以上に価値のあるヤツなんざいねェ」
ぎょっとして固まっているロージーに、それは真面目に…、とても真剣に…。 いつものような余裕たっぷりの笑みではなくて、何処か曖昧な笑みを浮かべて…。 ムヒョはハッキリとそう告げた。 「……ムヒョ…、じゃあホントに……都を壊したりするの?もし、誰かがまた、ボクを連れ戻しに来たりしたら…?」 驚きに目をまん丸にして…ロージーは怖ず怖ずと尋ねる。 どうしても、聞かずには居られなくて…。
ただの脅しだと思っていたのだ。
出来る出来ないは別にしても、まさか本気でやる気はないだろうと…。 だが、今のムヒョの言葉は…眼差しは……、どう見ても、脅しなんてものではない。
ポチャンと跳ねた水音が、やたら大きく湯殿に響いた。 「…多分ナ…」 不安そうなロージーの瞳とは対照的に、ムヒョは何やら楽しげな笑みを浮かべて言う。
……本気だ…! ムヒョ、絶対ホントにやる気だ…!
肯定よりも否定よりも、はぐらかされる方がずっと怖い。 温かい湯の中に浸かっているはずなのに、ロージーの背を冷たい汗が流れ落ちた様な気がした。 「ぼ、ボク…、さらわれたりしたら大変だね…!気をつけなきゃ…」 「ああ、せいぜい気を付けるんだナ」 ひええと戦きつつ言えば、ムヒョは変わらず楽しそうにヒッヒと笑った。 さ、出るゾと、また手を差し出す。 「あ、はい!」 芯から温まり、薄紅く色付いた指先がそっと重ねられるのを、笑いながら見つめて…。
だが、きっともう、都からロージーを探しに来る者はいないだろう、と思う。
ムヒョには解っていた。 あの時、五嶺がロージーを離し、恵比須を助けることを選ぶことが……。
それは、ロージーと出会う前だったら、きっと分からなかったこと…。 五嶺にとっての恵比須の存在が、どういうものかなんて…。
ムヒョが見てきた五嶺は、ずっと孤独だった。
それが変わったのは、あの恵比須という人物と出会ってからだ。
いや、ずっと…その変化にもムヒョは気付いていなくて…。 気付かないままだったら、きっと今頃、あの2人はこの世にいなかっただろう。 そう、ロージーと出会っていたからだ。 ああ、もしかしたら…と思ったのは。
もしかしたら、五嶺にとっての恵比須は、自分にとってのロージーと同じではないかと…。 孤独を埋めてくれる、唯一無二の者なのではないかと…。
そう思ったから……ならば、絶対に五嶺が恵比寿を見殺しにすることはないと…確信を持ったのだ。
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「ねぇ…、お願いを聞いてくれる?」
湯殿から寝室へと場所を移して…。 軽いキスを数度交わした後に、ふと、ロージーがそんなことを言い出した。 「何ダ?」 何を言い出すのかと、怪訝な色を浮かべた青い瞳。 海のような空のような…深く濃いその青を見つめて…。 「あのね、ボクをずっと側に置いてくれるって言ったでしょ?」 少しモジモジしながら、ロージーは切り出す。
「それでね…、あのね…もし、ボクが死んじゃっても……それでも、ずっと側にいたいって言ったら……」
言葉が出なかった。 一瞬。 時が止まったように、鼓動がひとつ大きく鳴って、息をすることすら忘れて…。 ムヒョはロージーの顔を凝視した。
人の魂は、生と死を繰り返すものだ。
ロージーが死ねば、その魂はあるべき所へ還り、また別の生を迎える。 留めたいと思っていても、留めてはいけないと思った。 ロージーは、この御殿にいる他の者達とは違い、生きてムヒョに出会い、願いを成就させたのだから…。 その代償は魂ではなく、身体で貰ったのだから…。
死んだ後は、魂は解放しなければならないと……。
「…龍神様はボクのお願いを叶えてくれるかな?」 黙って自分を見つめているムヒョに、少し不安そうな顔をして尋ねるロージー。 ムヒョはハーッと胸に溜まった息を吐いた。 「…同じ人間の願いを三度も叶えた事はねェんだゾ…」 何だかぶっきらぼうになってしまう言葉。 「……ダメ?」 首を傾げて可愛らしく尋ねてくるロージーに、唇を尖らせて…。 「ま…、ソレが最後だってゆーなら、聞いてやらん事もねぇけどナ」 顰めた顔は、それでも何故か嬉しそうに見えるから…ロージーは満面の笑みを浮かべて大きく頷く。 「うん、最後のお願いにする!」 「…なら、その願い…叶えてやる」 仕方ねぇナなんて言って、ムヒョはロージーに口付けた。 愛おしくて、愛おしくて…こんなに愛おしいものがあっていいのかと思う程…。 「オメェは永遠にオレのもんダ…」 生きてる間も、死んでからも…ずっとナ、と。 囁かれた言葉に、胸に溢れる幸福に、瞳を潤ませて…。 ロージーは泣き笑いの顔で「うん」と頷いた。
+ END + 12を読む +
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とゆことで!!! ENDですよ!終わりなのですよ! そして2人は幸せに暮らしましたなのですよ!!!!(><)
とか言いながら、きっと龍神のムヒョさんは、ロジの魂を留めておくことはせずに転生させるのではないかと思っているのですが。。。 そして、また出会うんだよね〜Vvv(お約束)
何はともあれ、ここまでお付き合い下さいました皆さま、どうもありがとございました☆ また別のお話でも、どうぞよろしくお願い致します m(_ _)m
てか、日付が変わってしまいましたね;;; スミマセン;ハンニバル見ちゃいました;;;(爆)
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2007/04/27(金)/00:38:25
No.48
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