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14☆
その子はとても綺麗な子だった。 プランツ・ドール屋で見たどのプランツよりも綺麗かも知れない。 そう…本当にプランツ・ドールのように綺麗な子ども…。 きっと笑ったらとても可愛いのだろうに…。
でも今は…長く伸びた前髪の中…大きな瞳が無表情にボクを見つめて……。
これが…エンチュー…。
ボクがずっと怖かった、ムヒョの前の持ち主…。 この子が……。
「ぼ、ボクの…だよ!」 向こうが透けて見える人影を見つめながら、ロージーは震える声で訴えた。 「ムヒョは、ボクのだよ!今はもう、キミのじゃない…!」 「バカ!!!ロージー!」 「危険だ!ロージー君っ!」 ロージーの言葉に、ヨイチとペイジが慌てて駆け寄る。 『君が盗ったんだね……返して』 「それはボクのセリフだよ!」 『ムヒョを返して』 「キミこそ!ボクにムヒョを返して!早く、ここを開け…っ」
『返せっ!!!』
ロージーの言葉を遮って、ドゥッと短く鈍い音が響いた。 途端、ロージーとヨイチとペイジ…三人の身体が宙に浮いて…。 そのまま、地面に叩き付けられる。 「ぁあっ!!!」 「があっ」 「ぅ…ぐ…っ」 三者三様に呻きを上げて…地面に押しつけようとする見えない力に懸命の抵抗を試みるが、身体の自由を取り戻す事は出来ずに…。 「ん、ぅ…う…、む、ひょ…ぉ…っ」 ぎゅっと拳を握りしめ、身を起こそうとするロージーの目の前。 ずいっと白く小さな手が差し出された。 地面の透けて見えるその小さな掌…。
『さあ、早くして…』
視線を上げれば、エンチューが顔を覗き込んでいる。 長い前髪の奥から、睨むように見つめる大きな瞳。 それはとても真剣で…。 『ボクのムヒョを返して。さあ早く。ママが目を覚ましたら心配するんだから』 「…っ!」 ロージーは弱く頭を振った。 見えない力に、霊体であるエンチューに、どうしていいのか分からず涙が滲む。 対抗手段が分からない。 抵抗すら出来ない。 このまま、ムヒョを取られてしまうのだろうか? そう思えば悔しくて、怖くて…。
そんなの絶対ヤダよ…。 どうにかしなきゃ……! 身体が…動けば…。 動け…。 動いて……、お願い…。
『ボクはムヒョと遊んでなきゃダメなんだ』
祈るような気持ちで身体を動かそうと藻掻いているロージーを余所に、エンチューが話し出す。
『ムヒョと遊んでないとママが心配するから。ママはボクが寂しいだろうからって…。だから、ムヒョがいなきゃダメなんだよ。ムヒョと一緒じゃなきゃ…』
ロージーを見つめながら、けれど、何も見えていないかのような瞳…。 自分の状況を説明している…というわけではないのだろう。 それは何処か、自分に言い聞かせているような、そんな話し方で…。
「オイ、ヤメろ」
ブツブツと呟くその言葉の途中で、ムヒョがドアの向こうからそう言った。 『…っ?!』 途端、引き込まれるようにエンチューの姿がドアの向こうへと消える。 そして…。 「え…っ?」 「あ…っ、れ…?」 ふいに体の自由が戻り、狐に摘まれたような面持ちでヨイチとロージーは顔を見合わせた。 「…ふぅ…、やれやれ…。やっと、ムヒョが体勢を立て直したようだね…」 一人、状況が分かっているのだろうペイジが、身を起こしながらそう言う。 「え?ムヒョが…?」 「ああ、ムヒョの力がエンチューを捕らえたんだろう」
え…?ムヒョの…力…? エンチューを捕らえた???
不思議そうなロージーとヨイチを余所に、ペイジはヨロヨロと玄関のドアの前まで行くと鍵穴に手をかざして何事かを呟いて…。 二人が見守る中、カチャリと小さな音が響いた。
「…中…、一緒に行くかね?」
ドアに手をかけ、尋ねるペイジ。 「え…、でも…鍵がかかって…」 「ああ、霊錠は解除したよ。それより…」 どうする?と問うペイジに、ロージーは勢い良く頷きを返した。 「は、はい!勿論行きます!」 「だろうね…」 その返事に困ったように笑いながら。 ギィと軋んだ音を立てて、玄関のドアが開く。 「…っ!」 その向こうに広がっていた玄関ホールは、すっかり荒れ果てていた。 埃の積もったタイル。 枯れてしまった観葉植物の鉢が転がり、こぼれた土が、あちこちに散らばって…。 長いこと風の通らなかった古い家の匂いが充満している。 そんな中…。
「オメェは戻んなきゃなんねェ…」
ムヒョはホールの中央で、エンチューと対峙していた。 エンチューは何か光の檻のような中にいて、身動きがとれない状態のようだ。 『ちょっと…、ムヒョ?何、これ…?』 不機嫌そうにムヒョに尋ねるエンチュー。 「オメェはここにいちゃいけねェんだ」 『ムヒョ、出してよ。出して!』 光の檻を壊そうと、エンチューが中で暴れるが、それはびくともすることなく…。 「ここはもう、オメェの家じゃねェ」 ムヒョは静かに諭す。 『ここはボクの家だよ!ママとボクの家だ!』 「ママ?ママなんざいねぇダロ?何処にいんだ?呼んでみろよ」 『ママは眠ってるんだよ、病気だから!ママはいっぱい寝なくちゃいけないんだ。ボクはあの時計が鳴ったら、ムヒョと一緒にママを起こしに行くんだもの!』 奥に見える部屋を指さし、エンチューが叫んだ。 何もない空っぽの部屋を指して…。
『ほら、もうすぐ時計が鳴る!ムヒョ、ママを起こしに行こう!いい子にしてたよって、一緒に遊んでたよって言わなくちゃ!』
一生懸命だった。 そうしなくてはいけないのだと…エンチューは一生懸命にムヒョに訴えている。
きっと、ずっとそうだったのだ。 母親が死んでしまうまで。 毎日繰り返していたのだろう…。
そして、きっと死んでからも…それは続いていた…。
何かの儀式のように。
時計が鳴ったら、母親を起こしに、ムヒョと二人で部屋へ行く。
毎日、毎日、必ず…。
この旧い屋敷の中、エンチューがムヒョの手を引いて歩く様が目に浮かぶようだった。
親の死を受け入れられない小さな子ども。 残されたのは自分と同じ程のプランツ・ドールだけで…。
どんな風に毎日を過ごしていたのか…なんて…。 そんな事を考えれば、何だか胸が痛い。 「………っ」 ロージーはぎゅうっとシャツの胸の辺りを掴んだ。 ヨイチとペイジは黙ってムヒョとエンチューを見つめている。 『あ!時計が鳴ってる!ママを起こさなきゃ!』 「…それが望みか?」 『行こう、ムヒョ』 檻の中から差し出される手。 その半分透き通った小さな手を見つめて…。
「分かった。一緒に行ってやる」
頷いたムヒョを見上げ、エンチューはニッコリと笑った。
+ 続く + 13を読む +
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こっちは後2,3回でしょうかね。 何というか…あまりコメントのしようがない話で…。。。 今、ここに何を書いたら…とか思っているのですが(え)
いい加減、春コミゲンコに本腰入れなきゃなので、続きの更新は暫く滞るかもしれません〜;; また読みに来て頂けると嬉しいです(><)
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2007/02/17(土)/14:06:31
No.47
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