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12☆
忘れようと思っていたんだ。 ちゃんと…。 ちゃんと、大丈夫だから、って…。 もう二度と心配なんかしないって…。 ムヒョの言葉を信じるって思った。
それなのに……どうして忘れられないんだろう…。
「ロージー?」 その日携帯に入った、知らない番号からの着信。 不審に思いながらも出てみれば、突然名を呼ばれて…。 「ヨイチさん?!どうしたんですか?!」 その声から相手が分かり、ロージーの心臓がドキリと跳ねた。 ヨイチが電話をかけてくるなど、今まで一度もなかった事…。 そして、その内容は明らかにムヒョに関係する事だろうと思うから…。
何だろう……怖い…。
「ムヒョに、お前に伝えてくれって、頼まれたんだ」 「…え?」 ヨイチの言葉に、ドキリと鼓動が跳ねる。 「今日、仕事だって」 「え…?今日?!今日って…今行ってるって事ですか?そんな急に…?」 愕然としてしまうロージー。 ムヒョは、いつ行くか決まったら教えるとそう約束してくれたのだ。 だから、これはきっと急に決まった事なのだろう。 そう思う。 そう思うのだが、あまりにも突然すぎて…。 「そんで…こっから先は…ホントは言うべきじゃねーとオレは思うんだけど…」 驚きに沈黙してしまったロージーに、ヨイチは言いにくそうに言葉を継いだ。 「?」 「…ムヒョの…行った先がさ………」 「え…、何処なんですか?!」 ドキドキと煩い鼓動に、鼓膜が痛い。 ヨイチの言葉を聞き漏らさないようにと携帯を耳にぎゅうっと押し当て、息すら詰めて待つ。
「…元の家なんだ。エンチューの……」
そして、言われたその言葉…。 「え……?」 その名前に、心臓が凍り付きそうになった。 「エンチューの…家……?」 「元な。今は売りに出されてて…」 「何で…、何でですか?ムヒョは、幽霊退治に行くんじゃ…っ、なのに、何で…」
何でまた、そこでエンチューが出てくるの…?
忘れようと思ってたのに…。 気にしないって決めたのに…。
息が苦しくなる。 周囲で起きている全ての事が遠くなり、自分が立っているのか座っているのかさえ分からないような、そんな感覚におそわれて…。 「ああ、ムヒョは仕事で呼ばれたんだ。ペイジさんから聞いた話じゃ、今回の件は不動産屋の依頼だそうだ」 ヨイチの声も遠い。 「………何で…」 頭が混乱して、世界がグルグル回ってる気がする。
ムヒョは…だって、朝ボクを送り出してくれたんだ。 笑って「早く帰って来い」って、キスしてくれた。 いつもと同じだった。 いつもと同じだったのに……。 あの時…ムヒョは今日仕事に行くって、本当に知らなかったの? 本当は知ってたんじゃ……。 もうずっと前に決まってて…だけど言わなかったんじゃ…。
エンチューの家だから……。
前に住んでいたお家だから…。 だからボクに今日だって言わなかったんじゃないの?
今日、エンチューの家に行くんだって…。
「おい?ロージー、平気か?」 「…ヨイチさん、ムヒョは…本当にエンチューの記憶、ナイんですよね?」 何処か遠い自分の声が、携帯に向かってそう尋ねている。 ひび割れた声。 心臓が痛い。 頭が痛い。 目の奥がチカチカする。 耳の中、鳴り響く鼓動が煩くて…。
「ああ、それは本当にない。ロージー、ムヒョの仕事は特殊で危険だから…、ムヒョはお前を巻き込みたくなくて…」
プツッとヨイチの声が途切れた。 気付けば、携帯を切ったのは自分の指…。 電源にもなっている受話器マークのそのボタン。 それを、自分の親指が力一杯押していて……。 キラキラとした透明な音を立て、携帯の電源が落ちた。 「…あ……」
ボクってば、何で……。
戸惑いながら、同時に頭の半分で分かっている。 聞きたくなかったのだ。 ヨイチの言葉はきっとウソだと、そう思うから。 慰めなんて欲しくはないのだから…。
でも、ヨイチさんに聞かなきゃ…エンチューの家の場所が分からない……。 ムヒョの居る場所が…。
「…ムヒョ……」
光を失った携帯の画面を見つめ、ジワジワと涙が滲む。 目の奥が熱くて痛くて…。 喉が詰まる。 「ムヒョ…っ…ひどいよ…」 弱く、涙に濁った自分の声。 瞼に浮かぶムヒョはいつもと変わらぬ笑みを浮かべて自分を見ている。
知らないって…言ったじゃないか……。 覚えてナイって…。 会ったことあるのか?って、ボクに聞いたじゃないか…。 なのに…、それなのに…。
「…うそつき……っ」 ボロボロと涙がこぼれた。 「おーい、草野!次、音楽だぞ!早く移動しないと間に合わないぜ?」 教室の方から自分を呼ぶクラスメイトの声がする。 「…っ!」 ロージーはその声に振り返ることなく、駆け出した。 「お…、おい?!草野?!何処行くんだよ?」 焦りの滲んだ声にも振り返らない。 振り返れない。 もつれそうな足で階段を駆け下り、また廊下を走って靴を履き替え外に出る。 すれ違う生徒達が何人も何人も驚いたような顔を向けるが、その横をすり抜けて…。
ムヒョを返してもらわなきゃ……。
胸に浮かぶ思いはそれだけ。
エンチューに会って…。 返してもらわなきゃ…もうボクのものなんだから…。 ムヒョは、今はボクのものなんだから!
「…ぇ…く…っ」 苦しさに呻きが漏れた。 胸に渦巻く不安と怒り。
ムヒョがエンチューを選んだらどうしよう?
そんな不安が、どうしても離れなくて…。 それでも、もう自分のものなのだから、と…。 そう思えば怒りが湧き起こる。
そして、何処をどう走ったのか…。
「ロージー!」 よく知った声に名を呼ばれ、ハッとして顔を上げれば、いつの間にかもうプランツ屋の近くまで来ていた。 「…ぁ…、ヨイチさん…!」 店の外にいたヨイチが駆け寄ってくる。 「おい、平気か?」 「ヨイチさん、家…何処ですか?」 「ロージー、ちょっと落ち着けって…」 「エンチューの家の住所、教えて下さい!」 「中でお茶でも飲んで…な?」 「ヨイチさんっ!」 ぎゅうっとヨイチの腕を掴んで…。 ロージーは正面からヨイチの瞳を見上げた。 「教えて下さい…」 「危ないからダメだって…」 「…幽霊退治なんて…ウソなんじゃないんですか?みんなで口裏合わせて…ボクを騙してるんじゃ…」 「んなことねーって!ロージー、頼むからちょっと落ち着いて話そうぜ?」 な?と真剣に顔を覗き込むヨイチ。 「……あれ…?」 ふと、自分の言葉に疑問を感じて、ロージーは眉根を寄せた。
幽霊退治……。
そうだよ…。 ムヒョは幽霊退治に行ったんだよね…?
「…ヨイチさん…?エンチューって人は…亡くなってるんですか?」 「へ?ああ、いや…エンチューは生きてるぜ。病院に入ってんだけどな」 「え…?病院に…入ってる…?」 思いも掛けぬその回答…。 驚きを露わにしているロージーに、ヨイチはあれ?と呟く。 「前、言わなかったっけか?」 「聞いてませんよ!」 「エンチュー、母親が死んでちょっとおかしくなっちまってさ…、そんでまあ、入院してんだけど…」 若干言いにくそうに言葉を濁しながら、ヨイチはそう説明した。 「じゃあ、何でムヒョはエンチューの家に?」 「だから、それは幽霊退治だって…。不動産屋に頼まれたって、さっき言ったろ?」 ハアッと溜め息を付かれ、ロージーは複雑な顔をして…。 何だか頭の中がこんがらがってくる。
幽霊退治は本当で、ムヒョはエンチューの家に幽霊退治に行っていて、でも、エンチューは入院中で……。
「つまり…、ムヒョはエンチューには会わない…?」 尋ねれば、ヨイチがポカンとした顔をした。 「…オマエ、それを心配してたのか?」 「だ…、だってだって!心配じゃないですかぁ〜!」 「何が?ムヒョが思い出すとでも?またエンチューを選ぶんじゃないかって…そう思ってんのか?」 「……だって…」
一度選んだ人なんでしょ…? たとえ今、本当に忘れていたとしても、思い出さない保証はどこにもない……。 もし、ムヒョがエンチューと会って、記憶を取り戻さないまでも、もう一度…選んだりしたら……。
「…ムヒョは案外信頼ねーんだな」
黙ってしまったロージーの顔を見つめ、その言いたい胸の内を察したのか…。 ヨイチは溜め息混じりにそう呟いた。 「え…」 「ここで待ってろ。車持ってくる」 「ヨイチさん?」 すれ違いざま、ポンと肩を叩いて…。 ヨイチは店の中に戻っていった。
+ 続く + 11を読む +
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ちょっとだけ…こんなに泣いたりウジウジさせたり、同じ事でグルグル悩ませたり、いいのだろうか…とか思う時もあるのですが…。
ロージーは、泣き虫でなくてはロージーではない!と、自分を励まし、気にしない方向で好きなように書いてます(笑) 泣き虫で恐がりで乙女であってこそ、草野次郎ですものねぇ。 (あ、あと、ムヒョが大好きなの!ね☆)
えーと。 年内のSS更新はこれが最後かなと思います。 (後は…今夜か明日かで感想アプするくらいかな…多分) また来年もイロイロ書いていこうと思ってますので、お付き合い頂けたら嬉しいですvv
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2006/12/25(月)/17:04:19
No.42
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