|
6.
部屋に戻ると、ロージーは窓辺に座っていて…。 「おかえりなさい、ムヒョ!」 入ってきたムヒョに、そう言って笑いかけた。 「…おう」 言いながら、ドキドキと跳ねる鼓動。
……コイツが…好き……。
先程、エンチューとヨイチに言われたその事…。 ジッと視線を据えたまま、ムヒョはうむむと考える。
コイツの一体何が好きなのか…。 どう好きだというのか…。
「…ムヒョ?あの…どうかした?」 間近まで迫ってジジイッと見つめれば、ロージーは少し頬を赤らめ、首を傾げた。
容姿か……。 態度か……。
確かに、そのどちらも気に入っている、なんて思う。 好み、なんて物を自覚したことはないが、恐らく、ロージーは自分の好みにドンピシャなのだろう。 「座れ」 「え?」 「座れ」 「あ、あ…うん」 ムヒョの唐突な命令に、何が何だか分からぬまま…ロージーはそれでも言われた通りにその場に正座した。 ぱちくり、と瞬き二回。 小首を傾げて、ムヒョを見やる。 「ムヒョ?」 自分だけが映る、大きな茶色の瞳…。 それにムラリ…と、何かが胸の奥沸き上がって…。 ムヒョはおもむろに、近くなった顔に口付けた。 途端、不思議そうで不安そうだった表情が、驚きへと変わって、かああっと真っ赤に染まる。 「ムヒョ?!あの…っ」 「ジッとしてロ」 焦ったような声にただ一言そう言って…。 今度は頬に。 その次は瞼に。 その次は額に。 一つ一つ、ゆっくりと唇を落す。 ぎゅうっと瞑られた瞳。 紅く染まったままの頬。 真一文字に引き結ばれた唇。 緊張に固まった身体。
既に2回も身体を重ねて…何を今更キスくらいで恥じらうのか…。
そう思えば可笑しいような…。 けれど、何かそれが嬉しいような…。 クスッと笑みを漏らせば、ロージーがソロリと目を開けた。 「ムヒョ…?」 「……ヒッヒ」
見つめられればドキドキするし、側にいれば触れたくなる。
キスしたいと思う。 抱きたいとも思う。
この乾きにも似た、飢えにも似た感じ…。
これが愛しさなのだろうか?
「あ…、あの…?むひょ…?」 ソロリと頬を撫でれば僅かに身を竦め、ロージーは戸惑いの視線を向けて…。 「…オメェにやる」 「え?」 ムヒョの唐突な言葉に、何をと問う間もなく…。 フワリ、ふわりと…室内に花が降り始めた。 ほのかな光と共に…いくつも、いくつも…白い花が。 「わぁ〜…!」 ロージーが宙を見上げ、驚きとも感嘆とも取れる声を上げる。 「すごーい!綺麗〜…!何か、雪みたいだね!ムヒョ、すごぉい!」 降り注ぐ花を掌に掬い、ニコニコと笑うロージー。 振り返るその髪に、白い花がフワリと掛かって…それがまた、何とも愛らしくて…。 「大した事じゃねェ」 その様子と、素直な賞賛が何だかくすぐったい。 ムヒョはふいっと顔を背けた。
喜ばれると、堪らなく嬉しい。 凄いと言われると、もっと言って欲しくなる。
何が好きとか、何処が好きとか、そんなことは関係ないのかもしれない。 ムヒョは漠然とそう理解した。 きっと、好きになってしまったら、全てが好きなのだ。
ロージーはただの人間で…永い命も、特殊な力も持たず、弱くて脆くて、本当に小さな存在だけれど…。
けれど、ロージーがいると、それだけでその周辺の景色まで輝いて見えるのだから…やはり、そーゆーことなのだ、と…。
「何か…欲しい物があれば言え。何でもいいゾ」 横を向いたまま、ムヒョはそれでも偉そうに言ってみる。 ただ、もっと喜んで欲しい…そんな思いから。 だが、ロージーは驚いたようにマジマジとその横顔を見つめた。
何かを欲しいと望んだ事なんて、一度もない。
物というのはいつだって、望まずにただ与えられてきたのだ。 着物も、花も、人形も、玩具も…。 食べる物もそうだった。
ええと…何か…言わなきゃいけないのかな……? でも何を言えばいいんだろう? 言わなくても…大丈夫だよね?
「えっと、あの…、ありがとう」 若干戸惑いながら、とりあえず感謝を述べるロージー。 これにはムヒョの方が驚いて、振り向いた。 「何だ?遠慮するこたぁねぇゾ?」 「遠慮なんてしてないよ、大丈夫☆」 ニコッと笑ったロージーをムヒョは怪訝な顔で見つめて…。 「何か不自由したり…ねェのか?」 「うん、無いよ」 「………」 何となく、ロージーが上の御殿にいた時のことを思い出す。 ムヒョが見た時、ロージーはいつも綺麗な着物を着せられていた。 綺麗に飾られ、可愛いらしく、愛らしく作られて…。 部屋には、いつも物が溢れていた。
帝からの過剰なまでのプレゼント…。
かつては理解できなかったその行動が、今ならば理解出来る。 帝もまた、ロージーを喜ばせたかっただけなのだろう。 そして、ムヒョと同じように、どんな物でも手に入れてやると、望む物全て与えてやると…そんな風に思って……。 だが、そんなプレゼントの山に囲まれて…ロージーがしていたことは、日がな一日、何をするでもなく、何処へ行くでもなく…ただ、帝が来るのを待つことだけ…。 来ても来なくても、不満など漏らさず、いつもニコニコとして…人形のように…。
ここでも同じ…か。
そう思うとズキリと胸が痛んで、ムヒョは顔を顰めた。
待つ相手が変わっただけ…。 ロージーはそう思っているのではないだろうか…。
そして、実際にムヒョは、帝と同じ事をロージーにしようとしていた。 違う、と思う。 何が『違う』のか、それはよく分からなかったが…。 とにかく、違うのだと……。
「…来い」
ムヒョは唐突にそう言うと、ロージーの手を引いて歩き出した。 「え?ちょっ、ムヒョ?」 「外を見せてやる」 「え?」 部屋を出て、長い長い廊下を歩いて、ぐるぐると螺旋になった階段を上って…。 開いた扉の外は池の上だった。 雲のような霧がかかったそこが、何処なのか…ロージーには全く見当がつかない。 だが、つないだ手の先にムヒョがいることだけは確かだから…。 「ねえ、ムヒョ?何処に行くの?」 「…いいか?腰抜かすなよ?」 「え?」 笑みを含んだ声音と共に、指先から繋いでいた手が引き抜かれる。 ボボンと何かの爆発するような音が響いて…。 次の瞬間…。 霧の向こうに、何か巨大な物の気配が生まれた。 「…っ」 霧に映し出されたその影に、ロージーは思わず息を呑む。 何か、大きく、長く、ごつごつとしたものがそこにいる…。 動くことも、声を上げることも出来ず、ただそれを凝視していれば、
『背に乗れ』
頭の中で、ムヒョの声がした。 「む、むひょ…なの…?」 『リュウジンサマだっつったロ?』 可笑しそうな声が頭に響いたと思えば、同時にゴロゴロと…雷のような音が鳴り響く。 「!」 『ほら、グズグズするナ。行くゾ』 「は、はい!」 伸ばした手の先に触れる青銀の鱗…。 ドキドキと胸が高鳴る。 『早く乗れ』 背に生えた飾りのようなたてがみに掴まり、よいしょと背によじ登れば、そのままフワリと…。 龍は空へ舞い上がった。 「わ、わわわっ!」 ズバァッと、雲を裂いて飛翔され、ロージーは必死でたてがみにしがみつく。 轟々と風を切る音。 自分が何処にいるのか、何がどうなっているのか全く分からず、目を瞑り、息すら詰めてジッとしていれば、やがて…。 雲が切れ、フワリと状態が安定した。 荒れ狂うような風の音も、ふっと消え去っている。 「?」 ソロリと目を開けて…ロージーは驚きに言葉を失った。 そこに広がっていたのは満天の星空。 眼下に広がる雲海。 その遙か下には豆粒のような都が見える。 「わ…ぁ…!」 ゾゾゾと…覚えた感覚は、一体何なのか…。 『都なんざ小せェもんだろ?』 「うん…、山とか…森とか…広いね……」
ずっと、御殿の…自分の部屋だけが世界の全てだった。
そこから出る事なんて考えもしなくて…。 都の広さとか…。 世界とか…。 何一つ、考えたことはなかったから…。 眼下に広がる世界を見て…。 頭上に広がる空を見て…。 圧倒されてしまったのだろう。
『驚いたロ?』 振り向いた顔は龍の顔だったが、不思議と怖くはなかった。 「うん…」 『…どうした?何で泣いてる?』 「え…あれ?」 言われて気付けば、ロージーはポロポロと涙をこぼしている。 「えへへ、か、感動しちゃったのかな、あんまり凄くて…」 『感動して泣くのか?』 「変かな?えへへ、変だよね、どうしたんだろうね…」 『……ま、オメェは泣き虫だからナ』 仕方ねェなという、何処か優しい呟きにエヘヘと笑うロージー。 ムヒョは降りるゾと一声かけると、フワリと地上を目指して降下を始めた。 ゆっくりゆっくりと…。
+ 続き + 5を読む +
+ + + + + +
とゆことで。 今回はムヒョさん龍の姿になってみました☆ 次回ラブラブになったりするといいなーとか思いつつ。。。 そこまで行くのだろうか…(爆)
次はロジの誕生日SSをアプする予定です。 来週は原稿やらなきゃなので更新はお休みかもですが。。。 また覗きに来て頂けると嬉しいです☆
|
|
2006/09/26(火)/16:02:12
No.34
|
|
|