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ムヒョは結局戻ってこなかった。 眠れなくなってしまったロージーは、あれからずっと窓から外を眺め、過ごしている。 変わることのない色…。 変わることのない景色を…ただ、ぼんやりと…。 「何かお持ちしましょうか?」 白妙が時折そう声をかけてくれるが、ロージーはにっこり笑って首を振った。
待つことは馴れているし、一人でいることも、長い時間をただぼんやりと過ごすことも、馴れている。
むしろ、一人で居る事に安心すら覚えて…。 「あ……そっかぁ…同じ事なんだ…」 ふと気付き、ロージーは小さく呟いた。
都では帝を待っていた。 帝のために生きていた。 ここではムヒョを待っているのだから…。 ムヒョのために生きればいい。
「うん…そうだ、きっとそれでいいんだ…」
『オレのモンだ』ってムヒョも言ったんだし、と…。 そう思えば、何だかホッとする。 正直、都を出てからずっと、どうしていいか分からなかったのだ。 龍神の所へ生け贄として身を捧げよう、なんて…そんなことを思って御殿を抜け出したものの…。 自分で何かをすると決め、実行した事なんて今まで一度も無かったから…。 だから、本当はとても怖かったのだ。 初めて飛び出した外の世界…。 暗い森も、大きな池も、怖くて怖くて堪らなかった。
でも、龍神様はムヒョだったし。 池の中には御殿があったし。 怖い事なんて何一つ無かったんだけど……。
でも…さっきの怒ったムヒョは怖かったな…。
睨むように見つめた青い瞳を思い出し、ロージーは慌てて頭を振った。 怖いイメージなんて、残さない方がいい。 これからずっとここにいなくてはならないのだから…。 「……これ…片づけた方がいいのかな…」 手にした着物を見つめ、呟く。 多分そうなのだろう。
ムヒョは考えるなと言った。
思い出すなと、懐かしむだけ無駄だと…。 だからきっと…これは無い方がいい。
これを見れば、ロージーはどうしても帝を思い出してしまうから…。 「でも…、捨てなくても…いいよね…?」 捨てなきゃダメなのかな…と。 自問すれば、胸が痛んで…。 ダメだと思いながら…ロージーはまた溢れ出す涙をどうすることも出来なかった。
「よっ!なーに苛ついてんだ?」
龍神の池へ戻ってきたムヒョに、そんな声がかけられた。 「…ヨイチ…何しに来た」 池の畔に生えた木の枝に、一人の青年が腰掛けている。 「挨拶だねぇ、久しぶりに会ったってのに。ま、相変わらずってゆったらそれまでだけど」 「用がねェなら帰れ」 「用ならあるよ」 歯を剥いたムヒョに、別の声が別の方角からかけられた。 「エンチュー、オメェもか…」 声のした方を見やれば、そこにもまた青年が一人…。 先程の青年が黒髪に黒い着物なら、こちらの青年は白銀の髪に白い着物で…だが、二人とも同じように頭には二本の角が生えている。 「もうちょっと歓迎してよ、相変わらずだね、ムヒョは…」 エンチューと呼ばれた青年は、肩を竦めて言うと、ひょいと枝から飛び降りた。 逆側で、ヨイチもまた同じように枝から飛び降りる。 「用って何だ」 「分かってるでしょ?雨…何で降ったのかなって…」 「そ。様子見に来たワケだ」 探るような二つの視線から、ムヒョはぷいっと顔を背けた。 「…別に。気まぐれダ」 素っ気なく言いながら、すたすたと歩き出せば、ヨイチとエンチューはその後をピッタリとついて来る。 「まーたまた♪気まぐれでそんなことしたことねーだろ」 「また人間の願いを叶えてあげたんでしょ?」 「分かってんなら来ることねーダロ…」 フンッと鼻を鳴らしたムヒョに、二人は顔を見合わせにやりと笑いあった。 「だって、珍しいじゃん?同じ願いを2回も叶えるって☆」 「今までナイよねぇ〜?どうしたのかな〜って気になるでしょ?」 「詮索好きの暇な鬼どもめ…」 ムヒョが面白くなさそうな顔をするのが面白いらしい。 二人はクスクスと笑う。 「それに、先一昨日から…あの子居ないんだよねぇ」 「ムヒョがしょっちゅう見に行ってた人間だろ?ロージーとかゆー金色の頭の可愛子ちゃん♪」 「そうそう、病気で死んだとかでもナイみたいだし…何処行ったのかな〜って…気になっててさ〜」 ムヒョ、知らない?なんて…。 白々しく尋ねられ、ムヒョは思い切り顔を顰めた。 以前から、度々ロージーの様子を覗きに行くことでからかわれていたのだ。
そう…実際、何度…あの御殿を覗きに行っただろう。
ロージーが初めて連れてこられたあの日から…ムヒョは何故か気になって…。 最初は、あの金の髪が珍しいからかとも思った。 それか、あまりにもドジで危なっかしいので、目が離せなくなったのか、と…。 「……チッ…」 泣き虫で、事ある毎に泣いていたロージーが、帝と一緒の時だけは、いつも楽しそうに笑っていたことを思い出し、ムヒョの顔がますます険しくなる。 「あれ?何かホントに面白くなさそうな顔だね…?」 「何だ?お前んトコじゃねぇの?」 「いや、中に居る」 「…の割に、嬉しくなさそうじゃない?」 ムヒョの短い言葉に、エンチューとヨイチはぱちくりと瞬きをした。 その不思議そうな顔がまた気に入らなくて…、ムヒョはジト目で二人を睨む。 「オメェら…何で、んな意外そうな顔してんダ?」 「だって…」 「愛しのロージーちゃんが居るなら、もっと『人生バラ色!』ってな顔しててもいんじゃねーの?」 なあ?ねえ?と顔を見合わせる二人。
「ああ?愛しの?何言ってやがんだ!」
んなワケねーだろーが!と叫んだムヒョをマジマジと見つめ、二人はまた互いの顔を見やった。 どう見ても、ムヒョは照れて言っているようではない。 これって…もしかして…?と、交わした視線の間で、同じ思いが伝わる。 「ムヒョ?まさか…自分で分かってない…?」 「何をだ?」 「お前、ロージーが好きなんだろ?」 「あ?何でオレが…!」 思い切り顰められた眉。 怪訝そうなムヒョの顔に、ヨイチとエンチューの顔には驚きの表情が浮かんで…。 「何でって…お前…だって…!」 「好きだから2回も願い事叶えちゃったんでしょ?」 ちょっとちょっと〜!と。 呆れ半分驚き半分みたいに言われ、ムヒョは違う!と声をあげた。
「違ぇ!オレは…ただ、雨くらいでアイツがあんまり喜ぶから…っ!」
そうだ。 ロージーがあんまりにも嬉しそうに笑うから…。 凄い凄いと喜んだから…。
そう思った途端、ドキンと鼓動が跳ねた。 大きな大きな音を立てて…。
ロージーが喜ぶ事なら、何だってしてやりたいと……あの時、確かにそう思った。
最初はただ…自分のモノになる喜びだけ…。 生け贄なんて形で手に入るとは思わなかった。 ずっと、眺めていただけで…気にはしていたけれど…。 手に入れようなんて思ったことはなくて……でも、それが手に入ることになったから…。 だから、とにかく気が急いて…『喰う』なんて言って抱いたのだ。
ドクドクと鼓動が高鳴る。
好きなのだろうか…ロージーを…。
ロージーを思えば、いつだって心の中がほんわりと温かくなった。 ロージーが笑えば嬉しくて、もっと笑ってくれたらと思った。 ロージーが泣けば、何故か苦しいと感じるし、帝のことを思っていると思えば、とてもイライラして…。 外へ帰りたいのではないかと、帝が好きなのではないかと、そう思う度、すごく気分が悪くなる。 傷など付くはずのない胸の中、何故こんなにも痛いと感じるのか…不思議で………。 最近おかしいと思っていたのだが…それは…もしかしたら…全部……。
「………ロージーが…好きだから……なのか?」
オレが?と…信じられないような面持ちで…呆然と、ムヒョはそう呟いた。
+ 続く + 4を読む +
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龍神ムヒョさん、恋の自覚がありませんでした(え)
エンチューとヨイチは鬼の子です。 風神・雷神とかでも良いのですが。 まあ、そんな設定はあってもなくてもか…と思い、敢えて書くことは避けましたが。。。(爆)
また近い内に更新出来たらな〜とか思っておりますが、よろしければ読んでやって下さいませ☆
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2006/09/14(木)/17:51:14
No.32
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