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目を覚ませばフワフワと柔らかな布団にくるまれていて…。 「…??」 目に入った遠い天井。 そこに描かれた美しい幾何学模様をぼんやりと眺めて、しばらくの間…。 ロージーは自分が今何処にいるのかが分からなかった。 明らかに、自分の部屋ではない。 「…ん〜…と……?」 戸惑うまま半身を起こして周囲を見回していれば、幾重もの薄布の向こうに何やら動いている明かりが見える。 それは段々とこちらへ近づいてくるようで…。 「あのう…」 誰か居るのだろうと声をかければ、 「お目覚めですか?」 そう返事が返ってきた。 澄んだ女性の声。 優しそうなその響きにホッとする。 「はい、あの…ここって……何処でしたっけ?」 エヘヘと誤魔化し笑いを浮かべつつ尋ねれば、相手も少し笑ったようだった。 徐々に縮まる距離。 けれど、足音も人影もない。 あれれ?と、ロージーは暗がりに目を凝らした。 「よくお休みになられてましたね」 声はすれども姿は見えず。 松明のようなその明かりはフワリフワリとこちらへ近づいてくる。 薄布を避けもせず、スイッと通り抜けるかのようなその動き…。 「あ…あの……あなたは…そのぉ……」 何処をどう見ても、人の姿が見えないことをようやく理解し、ロージーはやや身構えてその明かりを見つめた。 「あら、驚かせてしまいましたね」 声はあくまで愛想がいい。 「私はほんの十年前に、この池へ身投げした女でございます。六氷様にこうして魂を拾っていただき、それからずっと仕えさせていただいてるんですよ」 「え…?」
じゅ、じゅうねんまえ?? 身投げ??? 魂を拾って貰った???? そ、それって……つまり……。
幽霊って事?と内心ぎょぎょっとしながら…。 「あの……じゃあ…あなたは…、その、身体は…もう?」 混乱するままそう問えば、明かりはゆらりと揺らめいた。 「ええ、ここで実体を持つ人間はあなた様だけです」 「え?ってゆーことは…他にも…あなたみたいな人がいるんですか?」 「そう多くはありませんが…。気になられるようでしたら…」 明かりはそう呟き、ゆらゆらと揺らめいてその姿を変えた。 薄ぼんやりしつつも美しい女性の姿へと…。
よ…余計に幽霊っぽい…っ! でもでも、怖い人じゃないみたいだし! だ、大丈夫、大丈夫! 大丈夫…だよね…?
「私の名は白妙…。六氷様より、ロージー様のお世話をするようにと言いつかっております。何かご希望がありましたら何なりとお申し付け下さい」 「は、はあ…」 ドキドキしながら頷いて…ロージーはあれ?と思った。 池に身を投げたという白妙。 それは恐らく、何かしらの願を掛けての行動だろう。 生け贄になるつもりで来たロージーと、立場は同じ筈である。 だというのに、何故、自分の世話をさせるのだろうかと…。 「では、ロージー様、お食事になさいますか?湯浴みになさいますか?」 不思議に思っていればそんなことを聞かれ、そこでハッとする。
湯浴み…? そ、そうだ!ボク…ムヒョに…!
夕べ、ムヒョにされたこと…。 現実だとは到底思えない、濃密な時間…。 思い返せば、それだけでゾクゾクとするようで…。 ロージーは慌ててブンブンと頭を振った。 「あ…あの、それで…、ムヒョは?」 今顔を見るのは何だかもの凄く恥ずかしいと思い、ロージーはムヒョの所在を尋ねた。 だが、 「六氷様は都へお出かけになられました」 返ってきた答えには、ホッとするよりも何だか拍子抜けして…。 「え?都へ……?」
あ、ひょっとして…! 雨を降らせに行ってくれたのかな?
「あの、白妙さん…、あなたのお願い事は…ムヒョは叶えてくれたんですか?」 龍神であるというムヒョ。 本当に願いを叶える力があるのかと…気になれば、聞かずにはいられない。 「ええ、六氷様のお力があれば私たち人間の望みを叶えるなど容易いこと。ロージー様の願いも、きっと程なく成就されますでしょう」 そんなロージーに、白妙はニッコリと笑って請け合った。 「そうかな…だと、いいな…」
そしたら、みんなが助かるんだもんね。 帝も…喜ばれるだろうし…。
ロージーの脳裏に、子供の頃からよく見ていた帝の笑顔が蘇る。 ここへ来てまだ一日も経っていないと言うのに、何だか妙に懐かしい。 帝も、御殿も…。 「ロージー様?」 「あ、えと…じゃあ、まずは湯浴みを…」 思わずぼんやりとしてしまって…。 不思議そうにかけられた声で我に返り、ロージーは慌てたようにそう答えた。
窓の外は不思議な世界が広がっている。 ゆらゆらと揺れる、薄い緑のような青のような…。 何か澄んだ、けれどそこにあるのは確実に空気ではない物…。 遙か上空は白く見え、射し込む光が筋になって見えている。
「そっから外に出ようなんて考えるなヨ?」
不意に背後からそう声をかけられ、ロージーは弾かれたように振り返った。 いつの間に戻ってきたのか、室内にはムヒョの姿がある。 「ムヒョ!」 「外に見えてんのは池の水だからナ。出たら死ぬゾ」 「あ…、そうなんだ…」 何と返事をして良いか分からず、ただこくこくと頷けば、ムヒョはスタスタと近づいてきて、ロージーの顔を覗き込んだ。 そのままちゅっと…軽く触れ合う唇と唇…。 かあと頬を染めるロージーに、少し表情を柔らかくして。
「雨、降らせて来たゾ」
ムヒョは簡潔にそう告げた。 「ホント?!もう?!」 弾かれたように自分を見つめるロージー。 「オレは嘘は言わねェ。都は今大雨ダ」 「わぁ〜!すごい!ありがとう、ムヒョ!」 輝かんばかりの笑顔で礼を言われ、ムヒョはドキドキしてしまう。 ムヒョにとっては雨を降らせることなど造作もないこと…。 天に昇り、雷雲を呼ぶ。 ただそれだけでいいのだ。 いや、だからこそ、普段自然を操るようなことは滅多にしないのだが…。
「まあ、ずっと日照り続きだったからナ、一日ばっかじゃそれ程意味はねェだろーが…」
こんなにも喜ぶものか、と…。 自分自身のための望みではない筈だ。 都に雨を降らせて欲しいなど…。 それなのに、こんなにも喜ぶのかと…。 少し新鮮な驚きを覚えて言えば、 「あ…明日も…降らせてくれる?」 ロージーは勢い込んでそう尋ねてきた。 「何?」 「……ダメ、かな…?」 必死に見つめる瞳。
同じ人間の願いを、二度も叶えたことはこれまでに一度も無い……。
叶えてもいいものか…と、ムヒョは少しの間思案した。 雨が降らないのは、他の神々の間で決められたことなのだろう。 そこにどんな意味があるかは分からないが、人間の信仰心が神の力の源である以上、人間を全滅させるようなことはあり得ない。 だから、ムヒョが手を出さずとも、雨はその内に降るはずなのだ。
だが…。
「…雨を降らせて欲しいなら……どうすんだ?」
ニイッと笑みを浮かべ、ムヒョはそう尋ねた。 真剣に見つめていたロージーの瞳が大きく見開かれる。 ムヒョはロージーの願いを叶えてやりたかった。 本当は、見返りなど無くてもかまわない。 ロージーが望むなら、ただそれだけで…。 他に理由など、いらない。 だが、それでは他への示しが付かないから…。 ムヒョのそんな思いは露知らず、ロージーは僅かに視線を逸らして…それからまた、怖ず怖ずとムヒョを見つめた。
「あ、あの…、また、ボクをあげる…で、いいの?」
真っ赤に染まった顔で、いかにも恥ずかしそうに言われ、クスリと笑みが漏れる。 「ああ、上等だナ」 着物の袖から出た白い手を取り、その甲に口付けて…。 ムヒョは満足そうにヒッヒと笑った。
+ 続く + 2を読む +
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生け贄ロジ話その3。 あたしはつくづく、寵愛系が好きだなぁとか思いながら…。 しかし、この龍神ムヒョはロジの事大好きですねぇ。
あたしはいつもいくつかの話を同時で進行させるのですが、今回程、どの話もラブラブってのはないのではないかと…。 (てか、何かエロばっか書いてる気がしたけど…何と何だろう…これじゃないのねぇ…???) ムヒョロジって愛に溢れすぎてると思うよ(笑)
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2006/07/17(月)/23:01:14
No.28
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