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「…クソ…、ロージーの奴……」
心底面白くなさそうに、けれど何処か情けない感じで呟いて…ムヒョは足音も荒く階段を降りると、そのまま歩道を数歩進んで振り返った。 「………」 見上げた先には自分の事務所。 何でオレが出てこなきゃなんねぇんだと、そう思えば面白くないモノを感じる。 戻るべきではないだろうか。 そもそも、あそこの主は自分なのだから。 だが、 「!」 窓にチラリとロージーの姿が見えた気がすると、ムヒョの身体は勝手に、一番近い街路樹の陰に隠れて…。 そこからソロリと事務所を窺えば、ロージーは窓を開けて通りを見回し、溜め息を付いている所だった。 恐らく、ムヒョを探しているのだろう。 しょんぼりとしたような表情で…キョロキョロと…。 「………」 もう涙は拭いたようだ。 その事を遠目に見て取り、ムヒョは溜め息を付いた。
悪いことをした、と…一応は思っている。
大体、最初にマズイかなとは思ったのだ。 だが、まあいいか、と…。 そう思ってしまった。 そんな自分の軽率さにも腹が立つのだが…。 だが、それでも…。 何も、泣いて怒ることはないだろうと思って…。
たかが菓子の一つや二つ…。 どうせ、オレのモンじゃねぇか…。 日にちなんかに拘りやがって…くだらねぇ…!
ムカムカと思いながら、同時に、やっぱり謝ろうカナなんて思ったりもする。 ロージーが絡むと、いつもその途端に…自分の気持ちは収束の付かないモノとなってしまい、コントロールが効かなくなってしまうのだ。
『ムヒョはボクの気持ちなんか全然分かってないんだから!』と…。
そう言って泣いた顔を思い出せば、チクチクと胸が痛む。
「…クソ…面白くネェ…」
むむむと、ムヒョが顔を顰めて呟いたそんな時…。 見覚えのある人影がビルの階段を昇って行くのに気付いて…。 「何だ…?ヨイチじゃねぇか……遊びに来たってのか?暇な奴…」 後ろ姿にそう呟く。 階段を昇って行く足。 そして、暫くの間…。 窓の外をぼんやりと見つめていたロージーが、ハッと部屋の中を振り返った。 続けて、ガラガラピシャリと窓が閉まる。 「………」 今戻るのがタイミング的にはいいかも知れぬとそう思い、ムヒョは街路樹の陰から飛び出すと、そのまま階段を駆け上がった。
謝るべきか、素知らぬフリをするべきか…。
そんなことを迷いつつ、取り敢えず、ドアの向こうから聞こえてくる会話に耳を澄ませる。 こんな風に相手の機嫌を窺う等、かつての自分には考えられなかったことだ。
「…で、怒ってんのか」
クックと笑うヨイチの声。 どうやら、ムヒョが居ないことの理由を説明されたらしい。 その楽しげな声に、ムカッとしつつ…。 ムヒョはロージーの様子を窺う。
「だって!勝手に食べちゃうなんて酷いですよね?」
…チッ。まだ怒ってやがる…。
プリプリという擬音が聞こえてきそうな声音に、顔を顰めて…。 入るかどうするかと迷っていれば、会話の続きも聞こえてきた。
「でもさぁ、それって…明日ムヒョにやるヤツなんだろ?だったらそんな怒らなくてもさぁ…」
そうだそうだ! たまにはいいこと言うじゃネェか!ヨイチ!
ヨイチの言葉に思いっきり賛同するムヒョだが、室内には僅かな沈黙が降りて…。 何だ?と怪訝に思っていれば、
「………ムヒョのじゃないです…」
ロージーがポツリとそう言った。 「へ…?え?え…?ち、違うの?」 思いもかけないその言葉に、戸惑うヨイチの声。 ドアの外にいるムヒョも、あまりのことに愕然として…。 ポカンと、口を開けドアを見つめてしまう。
ムヒョが食べてしまったお菓子は、どう見てもバレンタイン用に作られたモノだった。
ハート型のチョコレートのケーキ。 バナナとチョコと生クリームでデコレーションされた、店で売っていてもおかしくないほどの出来映えの……。 てっきり、自分のために作られた物だと思っていた…。 疑いもしなかった。
まさか、まさかロージーが、自分以外の誰かのために、バレンタインのケーキを作るなど…。
「…そんなに…意外なんですか?」
クスッと小さく笑うロージー。 「あ、何だ、冗談??」 何処かホッとしたヨイチの声。 何だか、自分が二人居るようだ。 尤も、自分はそんなに素直に感情を表しはしないけれど…。 「別に冗談じゃないですよ」 「ホントに、違うワケ?てか、じゃあ…誰の?」 「このビルの、オーナーの方なんですけど…」
オーナーだぁ?
ムヒョの脳裏に浮かぶ、ビルのオーナーの顔…。 それは、歳を取った白髪の…。
「ババアじゃネェか!」
「頼まれて…」 思わず、ドアを開けてそう叫んでしまった。 「あ…★」 「ムヒョ?!」 「ムヒョ?お前…そこにいたのかよ?」 2人の視線が刺さるのにいたたまれない気持ちになる。 が、ムヒョは開き直ってフンと胸を張った。 「い、今帰ってきたトコだ!そしたら話し声がするから…」 「聞いてたの?何処から?」 「その態度だと、お前のじゃネェって辺りだろ?」 「ウルセェ!」 「あ!反省の色が見えないなぁ!」 ぷうっと頬を膨らませるロージー。 ヨイチがニヤニヤと笑う。 「謝った方がいいと思うぜぇ?人のケーキ食っちまったんだろ?」 どうせ、自分のだと思って食ったんだろ?と言われ、言葉に詰まる。 「…………」 「ムヒョ?たとえムヒョに上げる為に作った物でも、勝手に食べちゃうってのはナイんじゃない?」 「クソ、ウルセェな………あー、悪かったヨ」 顰め面でもごもごと…、それでも一応謝罪するムヒョ。 「うん」 ロージーはニッコリと笑った。
+ + + +
「……で。何だってオーナーのばあさんなんかの為にケーキなんざ作ってたんだ?」
ムヒョが半分食べてしまったケーキでお茶をして、ヨイチは帰っていった。 ロージーは新しいケーキを焼き始めている。 キッチンに満ちる甘い香り。 イソイソと準備をしているロージーを眺めながら、ムヒョは尋ねた。 やはり、どう考えても面白くない。
「んー?何かね、周辺のビルのオーナー達と会合があるとか何とかでねぇ。その時に出したいから作ってくれないかって頼まれたの。そういえば…何でボクがお菓子作るのとか好きなの知ってたんだろうねぇ…?」
「知るか」 唇の下に指を当て、首を傾げたロージーに一言そう言って。 ムヒョは近くにあったマンガを開いた。 取り敢えず、ケーキを作ってた理由は分かった。 だが、それでもやはり、面白くはない。
そんなばーさんの為のだったら…何もあんな泣いて怒る必要ねーじゃねーか…。 まあ、コイツは何でもかんでもスグ泣くけど…。
ムムムと、何だか唇がへの字になる。 「…ムヒョ、どうしたの?何かムズカシイ顔してるよ?」 まくっていた袖を直しながら、ロージーがソファへとやって来た。 「元々こーゆー顔だ」 マンガで顔を隠すようにしながらぶっきらぼうに言うが、ロージーは隣に座ると、わざわざ覗き込むようにして…。 「……何か…怒ってるの?」 怖ず怖ずと聞く。 「怒る理由があると思うのか?」 「それは…、分からないけど…」 ギロリと睨めば、困ったような顔…。 それがまた、面白くなくて…。 ムヒョはプイと視線を逸らすと、実際は一コマも読んでいないマンガの誌面に顔を向けた。 「ねえ…、ムヒョ……」 「何だ」 「……あのね…」 何だかハッキリしないロージーに、再び視線を向ける。 すると、ロージーはかあっと赤く顔を染め、もじもじとしながら…、
「今日…ボクの部屋で…寝よう?」
なんて言って……。 思わず、マジマジと見つめれば、バッと両手で顔を覆った。 「………」 「…イヤ…?」
………んなワケ…ねーだろが…。
思わず無言になってしまったのは、思わぬセリフに心底驚いたから。 だってそれは、ロージーからの初めての誘いだったのだ。 いつだって、半ば奇襲のようにして、そーゆー流れに持って行っていた。 だから、本当は…ロージーはイヤかもしれないと…自分に付き合っているだけかもしれないと……どこかで……。
「ムヒョ?」 「んなの……夜まで待つこともねーだろ」 ガシッと、掴んだのは青いリボンタイ。 「え?」 それをグイと引き寄せ、強引に口付ける。 「ン、ちょ…ちょっと、ま…っ」 ロージーが慌てて言うが、そこはそれ、いつものことなので。 ムヒョは気にも留めずに口付けを続ける。 だが、 「だぁ〜めったら!」 体格で勝るロージーに、ガバッと引き剥がされて…。 「な…っ」 文句を言おうとしたムヒョの鼻先に、ビシッとロージーが指を突きつけた。
「ムヒョ!ボクはね、今、ケーキを焼いてるの!だから、今はダメ!」
「な…んだとぉ?そんなモンほっときゃいーだろーが!」 「焼き直しになったのは誰のせい?」 「…っ!」 「ボクは早く片づけて、今日はムヒョとゆっくり過ごしたいなって思ってたんだよ?」 資料作成とかだって頑張って早く終わらせたのにさ〜!と恨みがましい視線を向けるロージー。
だ…だったら、先にそー言やいーじゃねーか…!
心の中ですら、言い返す言葉にはいつもの強さも迫力もなく…。 なまじ、自分に非があると認めてしまっているだけに、立場の弱いムヒョ。 おまけに、ロージーの怒った理由はその辺にもあるようだと分かれば、尚のことムリなど言えようはずもなくて……。
「だから、ちゃーんと夜になるまではダメだからね!」
「ぐ……クソ…!」 ビシッと言われた言葉に、ムヒョは呻ることしか出来ずに…。
そして、そんなやり取りの末…。 お仕置きよろしくオアズケを喰らうムヒョなんて、実に実に珍しい光景が出来上がり…、時刻は夕焼け小焼けの17時を回って…。 夜にはまだあともうちょっと…なそんな時間、ムヒョはやっぱり何だか面白くなく、ロージーは何だか可笑しい気持ちで…。
ラブラブでイチャイチャで甘〜い、なんていうバレンタインには、まだちょっと遠そうな二人なのでした☆
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『そして、バレンタインの夜は甘く甘〜く更けて行くのでした☆』ってのが、海闇でのバレンタイン話では定番の締め文句だったので。 最後はそれにはちょっと早いってな意味を込めて。。。 来年はエロエロになってたらいいナ(え)
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2006/02/14(火)/17:46:52
No.15
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