+ 悠久幻想曲 番外編; ノル様、物申す! +

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傾向; 典芬・北欧5

悠久幻想曲 番外編; ノル様、物申す!



授業前の教室は、ザワザワと賑やかで、笑い声や話し声に溢れている。
そんな中…。
「は〜〜…」
胸の中の空気全てを吐き出すように息を吐き、ティノは机に突っ伏した。
「なした、おめ?」
前の席のノルが振り返って尋ねるのに、ティノは僅かに顔を上げる。
「ん〜…いや、自由だぁ〜って思って…」
そう言えば、途端にノルは、もの凄く呆れたような顔をして…。
「おめはアレに甘過ぎだべ」
溜め息混じりにそう呟いた。
ノルが『アレ』と言うのは、ティノの召喚獣・ベールヴァルドの事なのだが、仮にも、この地の伝説の守護獣とまで言われる存在を、アレ呼ばわりする辺りが、この友人の凄いところであろう。
ちなみに、始終ティノにべったりと張り付いているベールヴァルドだが、授業の間は、ノルの守護獣であるデンと共に、校舎の外で待たされている。
だからこそ、自由だという先程の呟きになるわけだが…。
「ええ〜…、甘過ぎるっていうか…、だってさぁ…」
唇を尖らせるティノを、ノルは軽く睨んだ。
「おめぇ、マスターだべ?もうちっとビシッと躾るところは躾ねぇど…」
「む、むむ、無理だよーー!躾なんてそんな、出来っこないよ!絶対、無理無理!」
「情けねぇ!マスターが自分の召喚獣に気圧されてどうすっぺ!」
「だ、だって、ベールさんだよ?!?!気圧されるよっっ!」
弾かれるようにそう叫んで、ティノは脳裏に浮かんだベールヴァルドの顔と威圧感に、ブルルッと首を振った。
『氷雪の銀獅子』の名の通り、本来の姿は白銀の鬣を持つライオンであるベールヴァルドだが、封印石に戻れなくなっている今、獅子型では生活に差し障りがあると言うことで、普段は人型を取っている。
「…せめて…こう…、もうちょっと笑ってくれたりすればねぇ……。いろいろ言いやすいかもだけどさ…」
「おめ、無理は言うもんでね」
溜め息混じりのティノに、あっさりとそう言うノル。

えええ〜〜〜っっ?!?!
どっちが無理〜〜〜っ?!?!

ガガーンとショックを受けているティノを余所に、ノルは少しの間思案して、それから、よし!とひとつ頷いた。

「仕方ね。俺がガツンと言ってやっぺ」
「え?ええええっっ?!?!で…、でもでも、召喚獣って…マスターの言うことしか聞かないでしょ…?」
ノル君が言っても無理なんじゃ…と、怖ず怖ず言うが、この友人は胸を張って。
「任せろ。手本ば見せてやる」
自信たっぷりに、そう言った。


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終業のチャイムが鳴って、二人が外へと出れば、直ぐさま駆けつける守護獣二人…。
「ティノ!」
「おーっ、ノル!帰ぇんのけ?」
嬉しげに尋ねるデンの横、ベールヴァルドはギュムウッとティノを抱き締める。
「おひゃあああああっ!ちょ、べ、べーるさぁんっ?!?!」
ダメですぅ〜なんて言いながら、されるがままになっているティノに、ハアと溜め息を付いて。

「銀獅子!外でベタベタすんなっで、いつも言われてっぺ!」

ノルはビシリと指を突き付け、ベールヴァルドに向かってそう言った。
「の、ノル君!」
本当に言った!!!!!と、目を丸くするティノ。
一方のベールヴァルドは、その声に驚いたのか、不思議そうにパチクリと瞬きをして…。
けれどそれだけで、ティノの頭にスリスリと頬ずりをする。
「もう終わりだべ?ティノ」
「え?あ…、はあ……」
聞いてない〜っと胸の内で突っ込みながら、苦笑いで頷くティノ。

「銀獅子!言うこと聞かねぇど、ティノが食事の回数減らすっで言ってたど?」

「?!」
ノルの言葉に、ベールヴァルドはバッとティノを見た。
その剣幕に、ティノはヒッと息を呑む。
ギッとティノを見つめる、これ以上なく真剣な瞳…。
眉間に刻まれた深い縦皺。

こ、こここ、怖いっっっっっっ!!!!!

「……本当?」
怖くて怖くて堪らないが、それでも、折角ノルが作ってくれたチャンスを生かさねばと思うから…。
ティノはブンブンと首を縦に振った。
「え、ええっ、ほ、ほほほ、本当ですよっ!」
危うく『僕、言ってないです!』と言いそうになるのを辛うじて堪えて…。
「っ!」
ガーンッと、思い切りショックを受けたように、大きく顔を強張らせるベールヴァルド。
「あぁあ、えっと…ほら、いつも言ってるじゃないですか…?人前でベタベタするのは、ダメですって…」
「………」
ベールヴァルドの顔がますます険しくなる。
ティノは怖すぎて正視出来ないその顔から、スススと視線を外した。
「で?どうすんだ?」
「………」
尋ねるノルに、ベールヴァルドは渋々ながらも、ティノを離す。
よし、と頷くノル。
「ほれ、これが躾だ」
「う…うん…」
ノルの言葉に怖ず怖ずと頷きながら、ビシビシ突き刺さるベールヴァルドの視線が痛くて、ティノはどうしても俯いてしまう。
「叱る時はビシッと叱ってやんねぇとだべ」
「…うん……」
「ちゃんと目ぇ見で!」
「う……」

む、むむむ、無理だよっっっっ!!!!!
ベールさんの目見て叱るとか、絶対絶対、僕には出来ないよっっっ!!!!

「…ティノ……」
切なげに呼ぶ、ベールヴァルドの声がまた胸に痛い。
それは、触れたらダメかと暗に聞いているのだろう。
「ティノ」
ダメだと言えと、ノルが呼ぶ声には、そんな意味が聞いて取れる。
「ううう……」
ティノは足元に視線を落としたまま、小さく呻いた。
そろ〜っと視線を上げてみれば、ハッキリと姿を見る前に目に見える、ゴゴゴゴ…と迫る威圧感。
「ヒッ!」
ティノは思わず戦いて、ベールヴァルドを見てしまった。
空色の瞳はギンッと、凄まじいまでの眼力でティノを睨んでいる。
否、本人は睨んでいるつもりなど毛頭なく、目で訴えているのだが……それは、訴えていると言うより、脅しを掛けているようにしか見えない。

「負けんでね、ティノ」

思わず後退さりしかけたティノに、ノルが釘を刺した。
「〜〜っっ!(無理っ!)」
ブルブルと首を振りながら心の中で即答するティノ。
そんな三人の横手から、

「……何やってんの…?」

いかにも怪訝そうに眉を顰め、アイスが尋ねてきた。
「あ、アイスくーーーん!!!!」
ティノは思わず、半泣きで助けを求める。
「銀獅子の躾の最中だっぺ」
「躾?銀獅子の?……ティノのじゃなくて?」
「いや…あはは…」
確かにそう見えるかも…と苦笑するティノから、ベールヴァルドはノルへと視線を向けた。
「…おめ、もう十分待ったっで…言ったべ?」
じっと見つめる強い空色の瞳を、たじろぐことなく見返す紫水晶の瞳。
「言ったけっどが…、物事には、程々ってもんがあっぺよ」
「?」
ノルとベールヴァルドの会話の意味が分からず、ティノはきょとんとして…。
視線を向けられたアイスも肩を竦める。

「ノル、ノル!腹減ったっぺよ!」

その横から、空気を全く読んでいないデンの声が上がった。
通常、守護獣の召喚に必要なコストは『魔力』だ。
だが、デンとベールヴァルドは封印石が壊れ、人間界に召喚されっぱなしになっているから、その存在に必要な魔力量は桁外れで…。
だから、ノルとティノは、より強力なコストである『マスターの体液』を与え、二人の召喚獣の存在を維持していた。
ちなみに、先程ノルがベールヴァルドに『食事の回数を減らす』といったのは、この体液を与える回数を示している。
「早ぇとこ帰ぇっぺ!」
「やがまし!」
早く早くと急かすデンにピシャリと言ってから、ノルはティノを見て肩を竦めた。
「ほんじゃあ、帰っがら」
「あ、うん!」
一緒に帰ればいい筈なのに、何故だか何となく、その場でコクコクと頷くティノ。
「ティノ、銀獅子、またね」
「うん、また明日!」
アイスが手を振るのにも、手を振って…。
それから、少しの間…ティノは門を出て行く3人を見送った。
ヒュルリと風が吹く。

あ…、あれ?
何で僕達ここにいるんだろう…???

たっぷり四、五分の時間を呆然と過ごし、ティノはようやくハッとした。
「…え、え〜っと、僕達も…帰りましょうか?」
「ん」
怖ず怖ずとベールヴァルドを見やり、そう言えば、彼はコクリと頷いて。
ティノから少し離れて、歩き出す。
微妙なその位置。

うう…何か、却って落ち着かないっていうか…。
可哀想…っていうか……。

心なしか項垂れて見えるベールヴァルドに、きゅうんと胸が痛む。
「…ええと、ベールさん?」
呼べば、チラリとだけ向けられる視線。
「あの…ですね……その………!」
ええいままよ!とばかり、ティノは覚悟を決めると、ぎゅっとベールヴァルドの手を掴んだ。
「?!」
「こ、これくらいなら…、いいですよっ!」
言いながら、かあああっと真っ赤に染まってしまう頬。
ベールヴァルドの空色の瞳は、驚いたように瞠られたまま、ティノを少しの間見つめて…。
それからぎゅうっと手が握られる。
「ん」
「……っ」
コクンと頷くその顔が、何だかとても嬉しそうで……。
ティノはますます赤くなりながら…。

ベールさんのほっぺ…赤く見えるけど……、夕日のせい…かな…?

何だかフワホワと心が温かくなるようで。
何だかそれはふんわりと幸せで。

何だろう…何か、すごく…嬉しいや……♪

「ティノ…」
名を呼ばれ、幸せ気分でほこほこするまま、顔を上げれば、
「はい?何ですか?」
ふいにグイッと引かれる手…。
「やっぱ、我慢出来ね!」
そう言って、ベールヴァルドはぎゅっむぅう〜!と、ティノを抱き締めた。
「お、おひゃあああっっ?!?!べ、ベールさん〜〜〜っっ?!」
「ずっと…触れてぇって思ってたがら……」
「えぇえええ〜〜〜?」
「こうしでぇっで…思ってたがら……ずっと…」
「え…、い、いつも…してるじゃないですかぁ〜〜」
何言ってるんですかぁと、困ったように笑いながら言えば、ベールヴァルドはぎゅううっと抱き締めたままのティノの頭にポスと顎を乗せ、頷いた。
「ん…」
「ん…じゃなくて…」
「幸せだなぃ」
頭を通して響く、シミジミとした声。
「………ベールさん…」

ベールさん…ずっと前から僕のこと知ってるみたいなこと言ってたよね。
でも、それって…どういうことなんだろう…。

『氷雪の銀獅子』は伝説級の守護獣だ。
ベールヴァルドが封印石の外に出たなんて事があれば、大騒ぎになり、ティノだって聞き及んでいただろう。
実際、ティノが『氷雪の銀獅子』と、ノルが『烈火の金獅子』と契約した事は、大々的なニュースになったのだから。

…ノル君は何か…知ってるのかな……。

そう思えば、何だか胸がザワリとする。
希有な才能を持つ友人は、昔から、ティノ達が到底知る由もないような事を、いろいろと知っていた。
だからきっと、ベールヴァルドとの意味ありげな会話も、その希有な才能によっての事なのだろうが…。

聞いたら教えてくれるとは思うけど…。
何かちょっと複雑な気分………。

「…ティノ…怒っでんの?」
んむむーと呻ったティノに、頭の上からベールヴァルドが聞いてきた。
怖ず怖ずと離れる身体。
「あ…、違います!怒ってるわけじゃ…」
んむむーと顰めた顔を、ハッとして元に戻して。
「……ええと…、帰りましょう?お家に…」
ティノはニコッと笑うと、努めて明るい声でそう言った。
「ん、そか」
わかったと呟くベールヴァルド。
そして、きゅっと…再び繋がれる手。
「ん」
これでいいかと問うて来る瞳に、フッと笑みが浮かぶ。
たったあれだけのやり取りに、ヤキモチじみた気持ちを抱いた自分が、何だかバカバカしくて可笑しい。

今度…聞いてみよう…。
ノル君にも、ベールさんにも…。

「ええ」
頷けば、ベールヴァルドは少し、ホッとしたようで…。
それが何だか可愛らしくて、内心クスリと笑ってしまいながら…。
「さ、早く帰りましょう♪」
ティノはベールヴァルドの手を引き、歩き出した。




2010/03/19 nanasekasui

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ということで、HARUコミで配付させて頂いた、悠久幻想曲 番外SSです。

アイルーキッチンの話同様、シリーズ物で、しかも2とかを載せるのもどうよ…;;;と思いますが、HARUはちょっと狩りに熱中してて(こーら;;;)いつ配付終了だったのかよく分かってない感じな上、お友達に渡す分を取っておくことすら、綺麗さっぱり忘れてしまったので、載っけちゃいます(爆)

ノルとベールさんの会話に関しては、また後日、別SSをアプするかと思います。
うん、なるべく近い後日が目標…!(どんな)

おつきあい頂ければ嬉しいです〜!

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